――― 四 【鬼蛭】
ついこの間の夜のことだよ。
その日は授業終わりから、伊助がご実家に戻っていてね。一人で忍たまの友をぱらぱらと眺めていたんだ。
なんだか酷く生温い風が吹く日でね。いくら夏とは言っても変な気候だなぁと思ってたんだ。
それで……え?
あぁ、そうだよ。手持ち無沙汰な時や暇な時はついつい目をやっちゃってね。
別に変じゃないよ、復習することは大事だよ?
ハハッ、まぁみんながそういう顔をするだろうとは思ったけどね。いいじゃない、そんなこと。
でね。
「庄左ヱ門、いるぅ?」
いきなりね、喜三太がやってきたんだ。
しかもものすごーく困りきった顔して、泣きそうに目を潤ませてる。
当然だけど心配になってね。
「いるけど……って、ちょっとどうしたのさ喜三太。金吾とケンカでもしたの?」
「ううん、金吾はまだ委員会から帰ってきてないんだ。でも変な人が来てね」
「変な人? こんな時間にお客さんが?」
喜三太が夜分に訪ねてきて困りごとなんて言ったら、部屋を汚くし過ぎて金吾に叱られたくらいにしか考えられなかったんだけどね。違う上になんとお客さんだって言うんだ。
びっくりするだろ? 保健委員会によく顔を出していらっしゃる雑渡昆奈門さんじゃあるまいし。
風魔忍術学校の先輩や仁之進さんなら、喜三太が変な人だなんて言うわけはないだろうしさ。本当に本当にびっくりしてね。
そう言うと、喜三太がちょっと横に行ったんだ。
すると、どんな人が出てきたと思う?
ヌメッとした、……んー、なんて言えばいいんだろう。
とにかく全身がドロッとした液体にまみれてるようなさ。そんな赤黒い布で頭から足先まですっぽり被った人がね。足音もなく僕の部屋を覗いたんだ。
みんなに冷静だなんて言われてる僕も、さすがに小っちゃい悲鳴を上げちゃったよ。
だってどう考えたって異常だもの。こんな人が来たら、小松田さんや先生方が見逃すはずがないって信じている。
でも何があったのか先生や小松田さんが騒いでいる様子もないし、喜三太は本当に困りきった顔をしたまま僕とその人を見比べてる。逃げ出そうとする気配もない。
そうとなったらほら、学級委員長の僕が逃げるわけにはいかないじゃない?
だから意を決してその人に話しかけてみたんだよ。
「こ……こんばんは……」
声を出すのだっておっかなびっくりだよ。なんとか絞り出したんだけど、今思い出しても恥ずかしいくらい声が震えてたなぁ。
でもその人はそんな無礼は気にしてないみたいでね。返事もしないで部屋に入ってきた。
思わず奥の壁まで逃げたよ。だって本当に気配がないから、急に目の前に来たように思えたんだもん。
「庄左ヱ門、大丈夫っ!?」
その反応で心配させちゃったらしくてね、喜三太が慌てて駆け寄ってきてくれたんだ。あんなに困った顔をしてたんだから、そのまま逃げちゃってもおかしくなかったのにね。
でもそのおかげで、またちょっと頑張ろうって思えてね。
喜三太と手を繋いで、その人の前に座り直したんだ。
「すみません、失礼しました。……えっと、喜三太になにかご用でしょうか。よろしければ僕も話を伺いたいんですが」
この時はもう怯えたところを見せないようにって必死だよ。だってこれ以上怯んだら、付け込まれるかもと思ってね。
下唇を噛んだままじっと見てたの。そしたらその人の手が上がってさ。
正確に言うと、手があるだろうと思われる場所が上がったんだ。
それはね、どう見ても喜三太の持ってるナメ壺を指してた。
「―― そのナカにハイっているモノをイタダきたい」
妙にたどたどしい話し方だったよ。
背格好はどう見ても大人のはずなのに、怪しさ満点だろ?
かと言って南蛮人にも見えない。なんせさっきも言った通り、頭から足まですっぽり、気味の悪い布で隠れてたからね。
きっとどんなに察人術に優れた人だって、あれがどんな思惑を持ってるかなんて分からなかったと思うよ。
そんなわけで、僕らはますます気味が悪くなってね。
「……この中には、彼のペットのナメクジが入っているだけです。もしナメクジをお探しなら、この時期ですし軒下などを見ればいくらでもいるはずですよ」
「アレらはヤせていてタべられたモノでない。ソコのモノはコえフトっている。それをイタダきたい」
発音がひどかったから危うく聞き逃しかけたんだけどね、その人がなんて言ったかみんな理解できた?
食べられたものじゃないって言ったんだよ、なめくじ相手に。
しかも痩せてるとか太ってるとかで判断してる。
そりゃ確かに町では喉の薬としてナメクジを売ってる店はあるよ? 丸呑みすると喉にいいとは言うからね。
でもそれを、食べると表現する人は見たことがない。
よほど食料の乏しい戦の最中ならまだしも、近隣で戦の噂はなにもかったからね。
それにナメクジを飲む民間療法だって、近頃は善法寺先輩や新野先生みたいに医術に通じた人達が警鐘を鳴らしているから、この辺りじゃずいぶん減ったようだしさ。
もうね、怪しいなんてもんじゃないよ。
この時点でようやく僕は、これはなにか妖(あやかし)なんじゃないのかなと思い始めた。
……忍者なのに非科学的だとか言うなよ。みんなだっていろいろあったクセに。
まぁそこで、僕は一大決心をして喜三太の手をもう少し強く握らせてもらってね。
「……大変申し訳ないのですが、ご所望のものは彼が大事に大事に、愛情をかけて育てているペットなんです。芸達者に仕込まれているので欲しがる人もいましたが、お金を積まれても断っている姿を見ているのでその気持ちは痛いほど理解しているつもりです。ですから」
緊張で声が続かなくてね、思わず一回唾を飲み込んだよ。
だけど言葉を区切っちゃうと、次の一言がなかなか言えないもんだね。ちょっと焦った。
でも喜三太が必死に唇を噛んでるのが視界の端に入ったから、ここで僕が引き下がっちゃいけないと思ってさ。
もう一回強く唾を飲み込んで、その人を睨んだんだ。
「少なくともヒトではない方にお譲りするつもりは、僕にはありません」
言ったよ。言ったさ。はっきりとね。
そしたらその人、どうしたと思う?
ひくりひくりとね、体を揺らすんだ。こう、ひくりひくりと、上半身だけね。
きっとあれは笑っていたんだろうな。
「ヒトでないと。ヒトでないと。ナルホド、そのマナコはやたらオオきなだけではないか」
声の抑揚はなかったんだけどね、やたらと楽しそうだったんだ。
体が揺れていたからなのかもしれないけどね。
でも次の言葉は、明らかに声が上擦って嬉しそうな口調になってた。
「イヤがオウにもモラいウけようとオモっていたが、ヨいアソびをオモいついた」
「遊び?」
興味を惹かれたんだろうね。喜三太がやっと口を開いた。
その人も、やっぱり嬉しそうに頷いてさ。
「そう、ワラシのスきなアソびだ。ナゾかけとイったか。ニモントうユエ、それをトいてワレのホンシツをアててミせよ。シカらばそのコゾウのナメクジ、すっぱりとアキラめてシンぜよう」
その言葉に、喜三太はますます目を輝かせた。
でもね。
「タダしワからなければ、そのナメクジはスベてそっくりワレがイタダこう。ナメクジはコウブツなれば」
またひくりひくりと体を揺らしてね、そう言うんだよ。
その瞬間、喜三太は顔色を青く変えてさ。震えた手で僕の手を掴んだんだ。
「……庄左ヱ門、どうしよう。僕、怖くて断り方が分からなくってね、それで庄左ヱ門に手助けしてほしかっただけなんだ。ナメクジさんを差し出すなんて、そんな」
「うん。分かってるよ。大丈夫」
喜三太の奥歯が、カチカチ音を立ててるのが聞こえたよ。
よっぽど不安になったんだろうね。手なんて冷や汗でびっしょりでさ、震えてるのか、滑ってズレていってるのか分からないくらい。
でも、正直言うと僕もだよ。だってまさかそんな返事が来るとは思わないじゃないか。
だけど目の前のその人はもうすっかりそのつもりらしくてね。どう見ても拒否できる様子じゃない。
なにより人じゃないと認めたんだ。ここでその申し出を拒否したら、僕らまで食べられたりするかもしれないと考えないわけにはいかなかった。
本当はほかの部屋のみんなの助けを借りたかったけど、情けないことに僕の足は一歩も動いてくれそうになくてね。
僕が喜三太のナメクジ達を守るしかないなと覚悟を決めたんだ。
「分かりました、請け負いましょう」
意識してはいなかったんだけど、せめて自信があるように見せたかったのかな。やけに声が張ったのを覚えてる。
けどすぐに小さい声で、喜三太も一緒に考えてねって頼んだんだ。
引き攣ることも戸惑うこともしないで、何度も頷いてくれてね。嬉しかったな。やっぱり誰かと一緒に立ち向かえるって安心するもんだよ。
そしたら目の前の人が今度はゆらゆらと左右に揺れてね。
「これよりトうはワレのコウブツがヒトつ。ヒトのタイナイにアるモノとかけてイドのアるテラやハカとトく。このココロは」
片言だからね、まずはその言葉をちゃんと理解するところから始めたよ。
この問題は、彼の好物を示すものらしい。つまりは正体を見破るためのヒントだね。
で、その好物を示すヒントがね。
人の体内にあるものとかけて、井戸のあるお寺やお墓。つまりはこの二つに共通する言葉があるってことだ。
……待って、先にしんべヱの目を捕まえよう。離れすぎて、また飛び回ってる。
よく考えると僕らも大概オカルト体質だと思うんだけどね! 魂はよく出るし目は飛ぶし!
まぁそういうノリじゃないモノが来るもんだから、僕らが怖がる羽目になるんだけどね。
とにかく、みんなも一旦考えてみてよ。喜三太は言っちゃダメだよ?
……分かった人はいなさそうだね。みんなの頭が煙を吹き始める前に、話に戻ろうか。
僕と喜三太もその時は頭の中が混乱状態でさ。
「体の中にあるものって……内臓とかそういうものかな」
「でもお墓やお寺ってなんだろー……。死体?」
「やめてよ、怖いよ! そういうんじゃなくて、もっと何かあるんだよきっと。喜三太は一応山岳信仰にも通じてるだろ? なにか思いつくものはないかな」
「えー? んー、お墓やお寺で、井戸かぁ……。井戸ならどこにだってあるのに、なんでお墓やお寺なんだろうねぇ」
首を捻った喜三太の言葉に、僕もハッとしてさ。
きっと意味があっての選択だろうから、大きなヒントに違いないと思ったんだ。確かに言われてみれば、井戸なんて長屋にも、街中にも、街道沿いにだってありふれてるものだからね。
「喜三太。お墓やお寺では、井戸をなにに使う?」
「なにって……そりゃ水を汲むためでしょ? お風呂とか掃除とか、お料理とか」
「そうだけど、そこでしかしない特別なことだよ。……例えば……。っ、そっか! 仏様だ!」
思わず大きな声でそう叫んだ。
そう。お寺やお墓に共通するのは、そこに仏様がいることだよ。
「ねぇ喜三太。お寺やお墓では仏様を洗ったり、お水を供えたりするだろう? そういうので、なにか思いつくものはないかな。」
僕はね、正解に近付いてる予感でワクワクしてたんだ。難問が解けそうなときって、ちょっと嬉しくなるだろう?
そんな僕に喜三太はちょっと面喰(くら)ってたみたいなんだけど、キョロキョロしながら考えてくれてね。
「えっと、そうだなぁ……。あ、そう言えば」
「言えば!?」
「リリーばぁちゃんがね、仏様にお供えするお水のことをアカって言うんだー。ちょっとアカ汲んで来いとかって。関係あるかな?」
「アカ? アカ……」
首を捻って捻って、一つの可能性に行きついた。
「っ、あ! そういえば僕も金楽寺の和尚様から聞いたことがある! 仏様にお供えする水は閼伽(あか)とか閼伽水(あかすい)とかって言うんだって! で、その水を汲む井戸のことは閼伽井(あかい)って呼ぶんだよ!」
もうね、靄(もや)が一気に晴れたような瞬間だよ!
まだよく分かってなさそうな顔をしてた喜三太をひとまず置いといてね、僕はその人に勢いよく向き直った!
すっごい笑顔になってたのが自分でも分かってたんだけどね、それでも止められなかったな。だって嬉しかったんだもん。
はたからは得意げな顔に見えただろうと思うよ。でもそんなのも気にならなくてね。
ほっぺたがやけに熱いのを自覚しながら、僕はその人に答えを告げた。
「井戸のあるお寺やお墓、つまり閼伽井のある場所! 場所を土地と言い換えて、さらに地とします! そして人間の体の中にあるもの! 謎かけの答え、その心は、どちらもあかいち! あなたの好物は血ですね!!」
言い切った後、はたと気付いてね。
だって血だよ? さっき言われたとおり、僕らの中にも流れてる。
もしかして、僕らも獲物!? ってね。思わず喜三太と抱き合って震え上がったよ。
でもそれを見てその人はまた体を揺らしてね。
「ヒトのコをクらうはシュミでない。ましてカヨウなバショでは」
なにがおかしかったのかは分からないんだけどね、とにかくよく体を揺らす……いや、よく笑う人だったよ。
だけどそうはっきり言われると、こっちもちょっとは安心してね。
じゃあ次の問題をどうぞと促したんだ。
程なく、その人は掠れ声でこう切り出した。
「これよりトうはワがトクチョウ。そのコゾウにとってのナメクジとかけて、モノのホンシツをミヌけぬオロかモノとトく。このココロは」
喜三太を指さしての言葉だった。
「……なんか今、僕が愚か者って言われたみたいだった」
「いや、それは考えすぎだよ。大丈夫だよ」
ほっぺたを膨らませて不機嫌になった喜三太の気持ちは分からなくもなかったんだけどね、ここは議論しても仕方ないなと思ってさ。
とにかく問題の解答を考え始めたんだ。
「喜三太にとってのナメクジ……かぁ。大好きなペット? 可愛くて仕方ない、とか?」
「大事な家族でもあるよ!!」
「ホントに好きだねぇ」
胸を張ってあんまり誇らしげに言うもんだから、ちょっと微笑ましくなっちゃってね。
こんなに不思議な目に遭ってるのに、ナメクジの壺を見る目はいつもと変わらず慈愛いっぱいなんだもの。
そりゃあ同じ主張を毎日間近で聞かせられたら、金吾じゃなくてもナメクジが可愛く思えちゃうだろうなって思えたよ。
「ナメクジを見ると走って行っちゃうくらい目がないもんね、喜三太は。……え? あれ?」
「どうしたの庄左ヱ門」
一瞬自分でも混乱したんだけど、頭の中を情報を整理することにしたんだ。
喜三太はその間も困ったように僕を見ていたんだけど、申し訳ないことにそれに応えるだけの余裕が僕になくってね。
やがて一つの答えらしきものに辿り着いて、恐々あの人を見上げた。
「……喜三太はナメクジに目がないほど溺愛しています。そして人の本質や物の良し悪しを見抜けない人のことは、見る目がないと表現する……つまり先程の謎かけの答え……あなたの身体的特徴は、目がないことだ」
喜三太は怯えたように震えたけどね、僕は手だけ握って、その人から目を逸らさなかった。
ゆらゆらと揺れてたんだよ。ゆらゆらとね。
「……血を好んで、目がない生き物。ナメクジを好んで捕食するかは知りませんが、僕はそういうものをこれしか知りません。もしこれが間違っていたら、僕は喜三太の大事な家族の命をあなたに差し出さなきゃいけなくなる。だけど言います」
息を吸い込んで、喜三太の手をもっともっと強く握った。
喜三太はその上から反対側の手も重ねて、きっと大丈夫だよって言ってくれたんだ。随分安心したのを覚えてる。
自分の唇が開く音があんなにはっきり聞こえたのは、生まれて初めてだったよ。
「あなたの正体は、蛭ですね?」
その瞬間、目の前にいた人からとてつもない量の煙が噴き出してね。
「ぅわっ!?」
「ナメクジさん達!!」
僕は自分の視界を確保するのに必死だったけど、喜三太は咄嗟にナメ壺を抱えたみたいだった。きっと煙に紛れて盗られちゃうのを防いだんだろうね。
だけど煙が晴れてきてもナメ壺も、もちろん中のナメクジも無事でね。
キキッて変な鳴き声みたいな、笑い声みたいなものが聞こえたんだ。
―― ヨくぞ。ヨくぞ。しかしクヤしや、ザンネンなり。だがヒサカタぶりにタノしめた、そのヒラメきにメンじよう。うまそげなナメクジどもはオしけれど、いずれまたイドもうぞ
薄れていく煙の中で、はっきりとそう聞こえた。
二人してポカーンとしちゃってね、しばらく動くことも、話すことも出来なかった。
だけどそのうち、静かな足音が聞こえてね。
「庄左ヱ門、喜三太がいないんだけどこっちに……あ、いた! って、二人ともどうしたの?」
委員会に行っていた金吾だったよ。部屋に喜三太がいないから、他の部屋にいないか探していたんだって。
そこでやっと、あぁ、僕らの知ってる長屋だって思えたんだ。
それまではどうしても、自分達のいる場所はいつもの忍術学園じゃないとしか思えなかったんだよ。
さっきの三治郎の話でも似た部分があったけど、きっと何かに区切られていたんだろうね。
だけど僕らは泣くこともなくってさ。とにかく安心して、深い深い溜息を吐いてね。
「ううん、なんでもないよ。伊助がいなくて暇だから、喜三太とちょっと謎かけ遊びをしてただけ。委員会お疲れ様」
金吾の顔が見られたことが無性に嬉しくてね、二人してにこにこ顔で笑いかけちゃった。
それがやっぱり変だったんだろうね。金吾ってば思いっきり眉間を寄せて、胡散臭そうな顔してさ。
「二人してニヤニヤして、なんだか気持ち悪いよ。それより喜三太、早く寝ようよ。僕もう疲れちゃった」
大きなあくびをしてね、金吾がそう言うわけ。そしたら喜三太も慌てて立ち上がってね。
「ごめんね庄左ヱ門。本当に、本当にありがとうね! 僕一人じゃ、きっとナメクジさん達を守れなかったよ」
「ううん、喜三太こそ一緒にいてくれてありがとう。喜三太がいたから、僕もちょっと冷静でいられたよ。……ところで金吾、物は相談なんだけど」
そんな会話をやっぱり胡散臭そうに聞いてた金吾に、僕はにっこり笑ってね。
「今日、僕もそっちの部屋で寝てもいい?」
妖(あやかし)が消えたとは言っても、そんな夜に一人で寝る勇気はなかった僕でした。おしまい。
■ □ ■
話が終わると同時にほぅ、と誰かの呆けた息が漏れ、庄左ヱ門、そして喜三太にはどこか憧れめいた目線が注がれていた。
「すげー! ここに妖怪が来たなんてすげー!」
「よくそんな状況で謎解きなんてできたねー」
「また来るの? ねぇ、その蛭ってまた来るの?」
ワクワクと体を上下に揺らしてはしゃぐ団蔵と、感心の息を吐く乱太郎。そして話の中に出てきた蛭の捨て台詞におどおどと目を泳がせる伊助の言葉に、二人はどこか自慢げににんまりとした笑みを浮かべていた。
「できるだけ淡々と話すようには努めたけど、実際はかなり怖かったし混乱してもいたんだよ。本当、喜三太が一緒にいてくれなかったら、相手と話をすることだって出来なかったんじゃないかな」
「僕もー。頼ったのが庄左ヱ門だったからどうにかなったのかもしれないけど、ホントにホントに助かったんだぁ」
今でこそ穏やかな表情で話をしているものの、確かにその当初は得体の知れない恐怖に身を固めていたに違いない。現に話を進めていた間、庄左ヱ門の手は固く握りしめられて話の主の再来を拒絶し、喜三太の目はちらちらと木戸、そして格子窓の外へと向けられていた。
確かに妖怪と正面切って話をするというのは、今までの話に出たような突如閉じ込められての体験や不可思議な現象に遭遇するのとはまた違う恐怖なのだろうと想像に難くない。
それをなんとなく察してか、きり丸がふぅと短い息を吐いた。
「なんにしても、例外なく全員が変な目に遭ってるってのが俺達のおもしれ―ところだよな。たった十一人しかいねぇってのに、ただの一人もフツーの奴がいないってか?」
ケラケラと手を翻しての発言に、三治郎が耳聡く見返る。
「全員ってことは、じゃあきり丸達も?」
「おうよ」
にやりと唇が吊り上り、幼い八重歯が覗き見える。
「こっちは採りたてホヤホヤだ。なんてったって、今日の放課後の話だからな」
楽しげに歪んだ目元が乱太郎としんべヱを流し見、言外に語り手の資格を窺う。話が切り出された時点でそれを当然のごとく譲渡する気でいたのか、二人は言葉なく、話を促して手を差し出した。
→伍 【涙雨】
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