フレミングの左手を廻る半永久回路
序
排ガスを吐き出し続けたまま、スバルはいつもの公園脇にその車体を落ち着けていた。
まるでティンパニーがリズムを刻むように規則正しく響くエンジン音は、残念ながら騒々しい街中に溶け込み、車内に留まる者にしかその演奏を披露しない。
しかしその限られた観客たる二つの影は生気の失せた様子でシートに体を預け、だらしなく窓に傾いだ首の角度はともすれば死体のようにも見える。そして不吉な印象を助長するように体の至る所には細い物に突かれたような傷や切り傷が見られ、尚且つ着ている服はそこかしこに破れや綻びが出来ていた。
得体の知れない車と窓ガラス越しの不気味な二人組の姿を、ちらちらと気にしながら通り過ぎていく親子連れや老人達をサングラスを通して流し見、蛮は印象と同じく力のない様子で唇を開く。
「銀次よぉ、もう昼過ぎてんだぞ。とっとと昼飯買ってこいよ」
言葉に対して同じく虚ろな目が僅かに、蛮のいる運転手側へと動いた。
「えー……やだよ。俺もう疲れて動けないってば……。今日だけでいいから蛮ちゃんが行ってきてよ」
「ふざけんなよ、お前より俺のほうが疲れてるに決まってんだろうが。身軽だからって何度電柱に登らされたと思ってやがる」
「そんなこと言うなら俺だって、カラスを追っ払うのに電撃使い果たしてへとへとだよ……。って言うかさぁ、蛮ちゃん」
「……なんだよ」
「カラスが相手だってことは依頼の時点で分かってたんだし、士度に手伝ってもらえばこんな目に遭わなくてもよかったんじゃないの?」
怪訝な声色に、思わず蛮が返答に詰まる。そもそも二人がここまで脱力しきった体勢で身動き一つしようともしないのは、つい先ほど奪還を完了したばかりの仕事によるものだった。
二日前に請け負った、見るからに成金らしい身なりをしたふくよかなマダムの依頼。
それは 首元を飾っていた巨大なエメラルドのネックレスが鳥とも思えぬ力でカラスに引きちぎられ、あれよという間に空に持ち去られたので探し出して欲しいという、至ってシンプルなものだった。
観光気分でこの裏新宿の胡乱な雰囲気を楽しんでいたと思(おぼ)しき愚かな行動に対する当然の報いとも言えるが、それにしては随分と良心的な授業料だと、話を聞いた時点で二人はこっそりと目を泳がせたのも記憶に新しい。
仮に無限城下に足を踏み入れていたとすれば、あらゆる意味で全てを失っていてもおかしくはない無防備さを感じる話だった。
本来ならば呆れて依頼に難色を示しても不思議ではないところだったが、カラスの巣を漁ってネックレスを奪還するだけという内容と、そして単純な依頼にしては高額な報酬に目が眩んで引き受けた。
その後、考えていたよりもずっと体を酷使する作業に二度の夜を見送って、今に至る。
無事に達成できたとは言えど、代替手段があるならばそれを選択したほうが利益を大きく感じられたに違いない。
そもそも巣のある場所は大抵の場合、木か電柱の上に限られる。その上巣を荒らそうとすればどんな鳥であれ攻撃してくることは明快で、ましてカラスが相手ともなればその大きさと凶暴性からも危険性は充分に予測出来たはずだった。
経緯を考えれば先の銀次の言葉は真理と思え、珍しく的を射た意見に蛮の表情が苦々しく歪められる。
「っせぇな。どんなに頭がよかろーが凶暴だろーが、所詮は鳥類! 結局人間様には勝てねぇと知って、最後は鳴いて帰ってったじゃねぇか。それにな銀次、考えてもみろ。仮にサル回しに手伝わせてやったところで、俺達になんの得がある?」
「少なくともこんなに疲れきったりしないで済ん、いってぇ!」
演説じみた長口上を述べようとした矢先の正論に、蛮の拳が垂直に落とされる。理不尽すぎる暴力に涙目で抗議するも、それすら固い拳を見せつけられては銀次は大人しく口を閉ざさざるを得なかった。
改めて、蛮が大きく咳払う。
「いいか銀次! あのサル回しの手を借りるってことはな、あの野郎に報酬の分け前をやらなきゃならねーってことだ! 分かるか!? 俺達に持ってこられた仕事を、商売敵にわざわざ流してやるのと一緒だぞ!? それを考えりゃあ鳥が突っつき回してきた程度の傷の痛みなんざ、どうってことねぇだろうが!」
「そうかなぁ……俺としてはこんな痛い思いするんなら、士度に手伝ってもらってお礼渡すほうがずっと……いったい! ちょっと蛮ちゃん、俺だって疲れてるって言ってるじゃんか!」
「うるせぇ! お前はそこら辺のコンセントに指つっこんでりゃ回復するだろうが! 分かったら昼飯と、あと俺様のために傷薬とバンソーコーも買ってこい!」
「え、ちょ、蛮ちゃ……!」
半ば蹴り出されるようにして車を降ろされ、戸惑い顔で窓を叩く。しかし不貞腐れた表情で無視を決め込んだ蛮が向き直る気配は感じられず、銀次は仕方なく重い体を引き摺るようにして行きつけの弁当屋へと足を進めた。
のろのろと遠ざかるその後ろ姿を横目で見送り、懐から取り出した煙草を咥えた唇が強かに舌打つ。
「銀次のボケが。サル回しに分け前なんてやってちゃ、いつまで経っても部屋なんて借りられねぇだろうが」
届かないと知りつつ一人愚痴り、面白くなさそうに煙草に火をつける。深い溜息にも似て吐き出した紫煙は眼前を白く濁して微睡(まどろ)んだが、今はそれすら気に入らないとばかりに大きな手が掻き消した。
一方スバルを追い出された銀次は、猿人のような前のめりの姿勢でのろのろと路地を歩く。
カラスに突かれ、噛まれ、さらには爪で鷲掴みにされた箇所がじわじわと痛みを訴える。まるで暴行にでも遭ったかのような姿でふらつく様が空き店舗のショーウィンドウに映り込むと、自分であるにも拘らず、銀次には見知らぬ浮浪者にも見えた。
大きく溜息を吐き、ゆっくりとそのガラスに凭(もた)れかかる。
「蛮ちゃん、怒ってたなぁ。今回に限っては士度の名前を出したせいだけじゃないだろうけど……でもお金を貯めること気にしてくれてるなら、パチンコや競馬に突っ込むのをやめてくれたほうがよっぽど効率いいと思うのに」
怒りの原因をなんとなく察しながらも、結局は我儘な振る舞いにしか見えない事態を愁(うれ)いて眉尻を下げる。蛮があそこまで守銭奴じみて報酬に執着するのは美食と娯楽のためだけではなく、奪還屋の事務所として、また、プライベートの部分も含めた都合によって、二人だけの広い居住空間を作るためだということは理解していた。
ただ知人達が口々に言うように金運のなさが災いしてか、その実現には未だ遠い。だからこそ大金が望める仕事であればより固執するのだろうとも分かってはいるが、そのやり方が少々乱暴すぎるのだと小さく嘆息した。
とにかく拗ねさせてしまった以上、これ以上機嫌を損ねてしまう前に昼食と注文の品を買って戻らなくてはと頭を掻く。硝子の冷たさに甘えていた体を叱責して膝に力を入れると、銀次は不意に視界が影に覆われたことに気付いて顔を上げた。
「おや銀次君、このような場所で休憩とはまた珍しいですね。体を休めるのでしたらあちらの公園のほうがよほど適しているでしょうに」
黒一色で細身を覆った、夕暮れの影法師のような姿にぴしりと動きを止める。愛用のロングコートを風に靡かせるままにし、天敵はこともなげに眼前に立っていた。
「あ……赤屍、さん……」
帽子の切れ目から覗き見えるにこやかな笑みに対し、銀次の額からは滝のような冷や汗が流れ出る。
「こ、こんなところで何してるんですか……?」
「おや、私が昼間に出歩いてはいけませんか?」
「いいえ全然いけなくないです!!」
首を傾いでの問い掛けに、思わず背筋を伸ばして返答する。それを楽しげに見遣る黒い影がそれは良かったと口元を緩めるのをちらりと流し見、銀次は動揺のままに言葉を探した。
「えっと、じゃあ、赤屍さんもお昼ごはんです、か? 俺はその、蛮ちゃんに言われてお弁当を買いにですね……」
細く鋭い目線に晒されている居心地の悪さに、いつもながらどうしようもなく挙動不審に陥る。それもこれも最初の出会いの最悪さに加え、何の因果かそれ以降すっかり気に入られてしまったことが苦手意識に拍車をかけていることは、銀次を知る人間には周知の事実だった。
絶えず浮かぶ微笑がまた、銀次の恐怖心を駆り立てる。
「いいえ、私は仕事でこちらに。銀次君のお使いはお弁当と傷薬と絆創膏……でしたか。あなた自身も一見して分かるほどに疲弊しておられるというのに、相変わらず美堂君には強く出られないようだ」
「はいまぁ……。というかお仕事なら、なおさらこんなトコで俺と喋ってる場合じゃないじゃないですか」
「えぇ。ですがいつも元気な銀次君が随分とお疲れのようでしたので、つい。お気になさらずとも結構ですよ。これもあなたの具合を診るための必要作業として、今回の仕事内容に準じているはずですので」
「……そう、ですか?」
話の流れに微妙な噛み合わなさを感じながらも、問題ないと言われてしまえばそれ以上何も言うことが出来ずに押し黙る。けれど会話が終わってから尚も目の前から立ち去ろうとしない赤屍の影に、銀次はいよいよ体を硬直させてこっそりと目を潤ませた。
言いようのない圧迫感は心臓を押し潰していくようにじりじりと重みを増す。じっとりと滲む汗はいつも赤屍と対峙した時に流れ出るあの冷や汗とはまた違い、不吉さを感じさせて背筋を走り抜けた。
それが先述した恐怖心からくるものではないと知り、銀次の表情が疑問に醒める。
「そういえばなんで赤屍さん、蛮ちゃんから言われたお使いの内容知って……」
言葉に、赤屍の笑みが僅かに雰囲気を変える。血生臭い事態でさえなければただ柔らかなはずの表情が、覗き見える目元の冷たさによっておぞましいほどの緊迫感を伝えた。
「言ったはずですよ、銀次君。私は仕事でこちらにいるのだと」
ざわりと総毛立つような冷気と殺気に、咄嗟に距離を取ろうと体勢を立て直す。しかし背後にある分厚いショーウィンドーがそれを阻むように、かと言って他に道を見つけようと視線を廻らせてみても、手を伸ばせば届く距離には赤屍が佇んでいた。
左右に逃げようとしたところで、この距離と疲れ切った体では容易く捕らえられることは想像に難くない。
自らの油断が生んだ手詰まりの状況に、銀次は苦々しく唇を噛む。
「……俺、今回は赤屍さんのお仕事を邪魔するような仕事、受けてないんですけど」
「えぇ、勿論。ですから些かつまらなくはあるのですがね」
するりと伸びた長い指が銀次の頬を僅かに掠める。それをなけなしの電撃で弾き、琥珀色の瞳は威嚇するように睨み付けた。
痛みの走った指先を眺め、赤屍の肩が落胆に下がる。
「……やはり疲労困憊のあなたでは、この程度の電撃が精一杯なのでしょうね。いくらクライアントの要望と言えど、こんなあなたを目にするのは少々興醒めだ」
冷徹な視線が動き、再度腕が伸びる。今度は微弱な電撃など気にも留めない様子で迫る手に、銀次は少しでも逃れようと喉を反らせた。
「蛮ちゃ……!」
叫びかけたその喉に、ちくりとした痛みが走る。なにかを注入される感覚に言葉を失いゆっくりと目線を下げれば、赤屍の指に挟み込まれるようにして一本の注射器が握られていた。
「お忘れかもしれませんが私はこう見えても医者ですのでね、メス以外の物も使えるんですよ。今回は依頼品が弱っている時を見計らい極力傷をつけないように運搬をとの要望でしたし、なにより今のあなたと戦っても面白くはありませんから……少しばかり眠っていてください。ご心配には及びませんよ。誰であろうと君の安眠を妨げさせはしませんから」
意識を手放す直前、つらつらと紡がれる言葉が鼓膜を揺らす。しかし薬によって急激に意識から失われていく世界と共にその意味も銀次に届かず、一声すら漏らすことも出来ないまま金の髪はその場に崩れ落ちた。
アスファルトに倒れ込む直前、黒い腕がそれを抱き止める。
「さて、それでは参りましょうか銀次君。クライアントがお待ちですよ」
ぐったりと脱力しきった腕をとり、手の甲に接吻(くちづ)ける。抵抗も拒絶もない現状の姿とこの行為をもし不現の瞳を持つ魔女の後継者が目にしたらと考えて、ぞくぞくと湧き上がる高揚感に薄い唇が笑みに歪んだ。
■ □ ■
苛立ちのためか普段の数倍の速さで吸い切ってしまった煙草の吸殻が数本、灰皿に転がる。エンジンを止めて久しい車内はやけに静まり返り、自ら望んで一人になったはずの蛮がなぜか置き去りにされたような気を起こさせた。
素直な言葉にするのが苦手という言い訳に逃げて、理不尽な怒りをぶつけてしまった罪悪感がそれに拍車をかける。その後悔は銀次を蹴り出してからほどなくしてやってきたものの、追いかけてまで伝えることではないと一人で笑い飛ばし、せめて帰ってきてから労ってやろうと窓の外を眺めて待ち受けていた。
ただ、買い物に行っただけにしては随分と長い不在に、萎れていた怒りがまた違う理由で息を吹き返す。
フィルターを噛み潰した煙草を咥えたまま、デジタル時計を睨み付けると既に三十分程度が過ぎ去っていた。
「なにやってんだあの野郎。まさか腹が減りすぎてどっかで行き倒れてんじゃねぇだろうな」
銀次がいつも通るはずの路地の方角を首を伸ばして確認し、面白くなさそうに頬杖をつく。このままではせっかくの気遣いの念が消えてしまうと小さく愚痴り、ごく短くなった煙草をまた一本灰皿に押し付けた。
その耳に。
― 蛮ちゃん。
か弱く呼ぶ声に、弾かれたように顔を上げる。
「……銀次?」
途端、嫌な予感が鼓動を早める。心臓が耳にまで上がってきたのかと思うほどはっきりと聞こえる脈動に、蛮はドアを蹴り開けて外へ出た。
昼時も過ぎ去り人気のなくなった公園には、風が吹くばかりで求める影は見えるはずもない。
「銀次、どこだ!」
叫んでも応えはなく、蛮の声だけが空しく反響する。先程感じていた置き去りにされる感覚。それに似たものがさらに誇大化して押し寄せる錯覚に大きく舌打ち、蛮は焦燥の表情で土を蹴りつけた。
滑り込むように路地に入り、弁当屋までの道を駆ける。焦りに引き攣る目元は忙しなく動いて見慣れた姿を探し、滲む冷や汗を拭って大声で名前を呼んだ。
まばらな通行人に好奇の目で見られようとも気にも留めない。
しかし声が掠れるほど叫ぼうと、忘れていたはずの疲れがまた頭を擡(もた)げようと、陽光色の髪が申し訳なさそうな笑顔と共に姿を見せることはなく。
立ち尽くし、遣る瀬無く眉間を寄せる。
「なんだってんだ、チクショウ……!」
奥歯が軋むほどに噛みしめ、吐き捨てる。
今回の仕事は誰かに不利益を出す類の物でも、ましてや誰かの恨みを買う類の物でもない。勿論どちらにしろこの業界では仕事が終わってしまえばその仕事を根源とした禍根が残ることは少なく、残ったとしても次にどこかの仕事で鉢合わせしない限りは互いに接触を持たないのが暗黙のルールだった。
だからこそどんな仕事の後でも、あのお人好しをこの裏新宿で一人のん気に歩かせていられるのにと唇を噛む。
柔らかな気配は、くすんだショーウィンドウの前で立ち消えていた。
「……銀次」
呟き、拳を握る。
「俺を呼べ! 銀次ィ!!」
声を限りに叫んでも、無情な風に掻き消される。どんな小さな声であろうとただ一言彼が自分の名を呼びさえすれば、例えどこにいようと自分にはその所在が分かるのにと拳をショーウィンドウに叩きつけた。
分厚いはずの硝子は呆気ない音を立てて砕け散る。
「― 随分荒れてるね、美堂君」
代わりに耳に飛び込んできた憐みの声色に、蛮の瞳が僅かに見開く。ゆっくりと見返れば風に吹かれて翻(ひるがえ)る白いコートが視界に踊り、眼鏡の奥の柔和な瞳は心苦しそうに歪められていた。
「……雪ン子」
「弥勒雪彦だよ、美堂君」
友人だったという長兄の夏彦以外を決して名前で呼ばない蛮に苦笑し、足元まで飛び散ったガラスを拾い上げる。今や全ての人格を統合した弥勒一族の後継者は、やはり眉間を顰めて蛮へと近付いた。
「ついこの間、妙な仕事の依頼があってね。どうも良くない予感がして断ったんだけど……。こんなことならもっと早く君達に話しておくべきだった」
悔恨の滲む言葉に、骨ばった手が胸倉を掴み上げる。力任せに掲げた腕は雪彦を地面から引き離し、襟の詰まった首元をより一層締め上げた。
「テメェ、何を知ってやがる。断った依頼ってなぁどんな内容だ」
「こんなことをしなくても話すよ。少し遅くなってしまったけれど、僕はそのために君達を探しに来たんだから」
殺気を込めて睨み上げる蒼紫を文字通り見下し、深緑の瞳が冷静さを訴えて押し黙る。その沈黙が今はもう消えてしまった彼の兄を思い出させ、蛮は気まずげに眼を反らした。
手を放し小さく舌打てば、軽やかに地面に降り立った雪彦からありがとうと安堵の笑みが零れる。
「前に兄さんから聞いていた通り、喧嘩っ早いんだね」
「っせぇな。あいつの知ってる俺なんてほんのガキだった頃だろ、引き合いに出すんじゃねぇよ。それよかお前が断った依頼の話だ」
嬉しそうに兄の思い出を語った雪彦の言葉を一蹴し、深く息を吐く。努めて冷静さを保とうとする蛮のその姿に目を細め、長い横髪がふわりと揺れた。
「そうだね、今はそんな話をしている場合じゃなかった。特に銀次君が消えた今となっては」
微笑みを消し、雪彦は眼鏡を押し上げる。
「運ばれてきた天野銀次の警備と監視、及び彼の奪取を狙う侵入者への警戒と撃退。それが先日、僕に持ちかけられた護り屋の依頼だよ」
ひときわ強く風が鳴く。二人の間を木の葉が舞い、交差した目線が沈黙の中にきな臭さを匂わせた。
押し込められた声音とその内容に、蛮の眉間が険しく寄せられる。運ばれてきたと復唱した唇は、静かに煙草を咥えて火を点けた。
大きく吸い込んだ煙を吐き出し、蛇に似た目が雪彦へ向き直る。
「場所変えるぜ雪ン子。その話、詳しく聞かせろ」
背を向けて歩き出した蛮に続き、雪彦もその場を後にする。
流れた紫煙が、割れたショーウィンドウの前で小さく渦を描いて立ち消えた。