学園長に示唆されるままに与四郎がかなり大きな荷物を纏め上げ、そして食堂から大きな重箱が持ち出される頃には、確かに見慣れた面々が大門と車寄せまでの間に揃い踏んでいた。
 忍術学園の現役生徒達に遠慮したのか、それとも巣立った学び舎での身の置場に困ってのことなのか。どちらにせよ金吾と与四郎が荷物を持って門前へと至ったときには、あの老翁が言っていたとおり旧は組を含めた全員が、滞りなく出発できる体勢になっていた。
 いかに弁当作りに時間がかかったとは言っても、あまりに短時間で集合してしまった旧友達に対して開いた口が塞がらない。それをさも可笑しそうに見遣り、立ち並んでいた九人の中央から庄左ヱ門が一歩前へと出た。
「笹山兵太夫殿のからのご一報を受け、我らが同胞風魔の一大事と知り取り急ぎ駆けつけましてございます。ここに居並びましたる九名、風魔頭領山村喜三太殿の朋友を自負しておりますれば、是非に同行をお許し願いたく申し仕ります。……ってことでどうかな、金吾」
 小首を傾ぎながらの茶目っ気交じりの一言に、金吾の唇からは肺を搾ったかのような溜め息が吐き出される。
「……一応これ、風魔の問題だからさ……。みんなを巻き込むつもりは微塵もなかったんだけど……」
「うん、だから言ったじゃないか。ごくごく親しい仲間だから手助けしたいって。あぁ、風魔への説明だったら心配いらないよ。家を出る時にちゃんと、勝手に手助けしますけど気になさらないでくださいっていう手紙を山野先生宛に送っておいたから。僕らがあちらにつく直前にはきちんと届けられているはずだ」
 さも当然の如く紡がれる補足を耳にし、そういう手回しの良さはさすがだと頭を掻く。ちらりと見回せば誰もがそれを知っていたかのごとく自慢げに胸を張って立ち、金吾は諦めた様子で与四郎を見た。
「っていうことらしいです」
「しゃんねーことさー。元っからおめーらは、一人と目ぇ合やぁみーんな寄ってきちまうってぇ知れてたしよ。そン中の金吾がこっちにいりゃー、こーなるこたー分ぁってたこったべ」
 腰に手を宛がって言い切る姿に、そんな予兆の術もないだろうと笑いが起きる。その中で不意に視線を移した先に見えたものに、金吾は怪訝とも驚愕とも言えない表情を浮かべた。
 居並ぶ友人達のその背後。団蔵がつれてきたのか、それともそれぞれが乗ってここへ赴いたのか、嘶きを漏らす七頭の馬の内、ただ一頭だけが異様なほどに体躯が大きいことに目を奪われる。
「なぁ、その馬……」
 呟く言葉の指すものに気付いたのか、誰もが心得た様子でそれを見返る。傍に繋がれている団蔵の愛馬と比べてもまるで親子ほどの差があるその馬は、今まで誰も見たことがないほど足が長く、また、美しいまでに筋肉質だった。
「あー、えっとねぇ。この馬はつい最近パパが僕用にって南蛮から買い入れてくれたんだよー。普通の馬じゃ、体の重い僕が長く乗ってるとすぐに疲れちゃってね、特に遠乗りには向かないからって。飼い始めて早々にこんな騒動があるとは思わなかったけど、ちょうどいいからと思って乗ってきちゃった」
 照れ臭そうに後頭部を掻くしんべヱの言葉に、言葉にも出来ずただ口を開けたまま馬を眺める。確かに南蛮人は自分達に比べて体も大きく筋肉質ではあるものの、まさか馬までがそうだとは思ってもいなかったと呆然とした。
 その内心を察しつつも与四郎が困惑の呻き声を上げる。
「あー、しっかしこいつぁーごっちょーだーな。こんだけでっけー馬っこがいたんじゃー、どーあってもあっちにバレねーわけにゃーいかねーべ。そこンとこどーすっぺよ、庄左ヱ門」
「は組が原因になってる面倒ごとに関しては、ホントに一も二もなく僕に振ってきますよね」
 当然の如く視線を寄越された庄左ヱ門が肩を竦めると、隣に立つ団蔵が八重歯を覗かせながらその背を叩く。その激励とも冷やかしともつかない所作にちらりと目を見交わし、改めて纏め役は喉の調子を整えた。
「まぁその件に関しては僕達もしんべヱが到着したときに随分驚きまして、慌てて話し合ったんです。なにせこれだけ大きな馬は日ノ本にはいませんし、どう工夫したところで目を引きます。多くの人の目に付けばそれだけ動向を掴まれやすいと言うことですし、隠密に動こうというときにこれほど相応しくない馬もいません。……だからしんべヱには逆に目立ってもらって、陽動役をやってもらおうかと」
 言い切るや否やにっこりと表情を和らげた庄左ヱ門に、定石だなと金吾の唇が僅かに緩む。基本的にこの策士の練るものは一部が非常に派手なものになるのだと懐かしげに目を細め、一歩仲間達へと踏み出した。
 しばらく振りに会う友人達と手を叩き合わせながら、今なお身近に感じる親しい雰囲気に肩の力を抜いていく。
「でもまさか、ホントにみんなに会えるとは思ってなかったよ。しんべヱの馬以外は団蔵のところの? お前が全員迎えに行ったのか?」
「まっさか! 俺が連れてきたのは二頭だけ。虎若と伊助が佐武の行軍用の馬を二頭も連れてきてくれてさ。武具をつけてない分だけ軽くなってるし、足も強いし馬力もあるぞ。あとは兵太夫が学園から借りた馬、それに一頭はきり丸がつれてきた」
「きり丸が!? なんで馬なんて持ってるんだよ!」
 思いもかけない一言に驚愕して叫べば、見返った先できり丸が大きく目を瞬いていた。
「持ってないぞ?」
 呆気ない一言に、眉間を寄せて首を傾ぐ。その不可解そうな仕草に乱太郎がきり丸の袖を引き、分かるわけないでしょと小さく叱責した。
 苦笑交じりのそれを受け、気楽そうにひらりと掌が翻る。
「いやぁ、抜天坊のところの厘賃々の散歩、相変わらず俺しか出来ないらしくってさー。これからも散歩頼みたかったら、しばらくタダで馬貸してくれって言ったんだ。抜天坊はものすっげー嫌がったんだけど、牡丹ちゃんがどうぞーって。そしたら渋々ではあったけど貸してくれたよ。いやー、俺やっぱりあそこん家の上下関係はよく分かんねーわー」
 当然のようにさらりと紡いでくる真相に、そういうことかと脱力する。しかしそのやり方こそが自分が前々から見知っているきり丸だと実感し、金吾は安堵したような表情を浮かべた。
 なんにせよ眼前には七頭もの馬。さらには最上の信頼を寄せる仲間も同じ場所に立つ。巻き込むつもりはなかったとは言えど、こうして背を任せられる場所に存在してくれることの心強さを実感した。
 その心情を察したように、庄左ヱ門の手が全員を車寄せへと手招く。
「みんなにはもう流れを説明したんだけど、与四郎さんと金吾にも話しておかないとね。いいかい?」
 上がり口に短い白紙の巻物を広げ、矢立の筆を取ってさらさらと書き込んでいく。そこにはまだ説明の終わっていないはずのカエンタケの名やその所在である駿河の文字までが記され、金吾が驚いた表情で庄左ヱ門を見上げた。
 当然の如く、自信に溢れた表情がそれを見返す。
「兵太夫がカエンタケの名前を文に書いてくれていたからね、これだけの時間があれば多少の情報はこちらでも把握出来るさ。学園の穴丑をやってるってのを忘れてもらっちゃあ困るよ? 誰でも手に入れられる程度の情報、即座に揃えられなきゃお前達のまとめ役なんてやっていられなかったんだから」
 ふふと漏らされた忍笑いに、物も言えずただ平伏する。それが申し訳なさから来るものなのか、それとも敵わないという降伏の心情を表したものなのか。自身でも判別のつかぬまま、それからは口を閉ざして筆の走る先を注視し続けた。
「喜三太が連れて行かれたカエンタケ城は駿河国、しかも甲斐との国境にある。山間の城だし正攻法で攻め入るには難しく、城下町からも少々離れているから城内の様子は噂話でも信憑性に欠けるだろう。となれば、情報を得るためには少々時間がかかる。そして風魔の当主を半ば人質として城へ招いているカエンタケは、通常よりも警戒を強めているはずだ。つまり、警戒の隙を突いてどうにか動かなきゃいけない。そこで」
 一度言葉を切った庄左ヱ門が、素早くそれぞれの名前を書いていく。
「まず第一陣として、兵太夫と三治郎、虎若と伊助、乱太郎ときり丸の六人に早駆けしてもらう。一頭につき二人乗ってもらうことになるけど、佐武の馬二頭と抜天坊の荷運び馬を使うから少々の重みは平気だろう。東山道を通って、出来るだけ早くカエンタケ領に入ってもらう手筈になってる。この六人は順忍性が高いから、それぞれに城での人足仕事や町での商売などで情報を仕入れてもらうんだ。口入れ屋なら、人足仕事の都合なんかで城の情報を多少持ってる可能性もあるからね。本陣として使えそうなところも探しておいてもらうつもりだ」
 ちらりと視線を走らせた先で、胸を張った六人がひらひらと手を振る。少々気の抜ける表情ではあるが、それでこそ順忍性が高いと言えるのだと肩を揺らした。
「そして第二陣、しんべヱと団蔵、そして金吾の三人だ。しんべヱの連れてきた南蛮種の馬とそれぞれに一頭を連れて、ゆっくりで構わないから東海道から駿河を目指してくれ。むしろ余り到着を焦られると陽動にならなくなる。金持ちの道楽旅行に付き合う荷運び役と、それを護衛する用心棒といった役を演じて欲しいんだ。しんべヱの馬は歩いているだけで噂になるだろうから、否が応にも様々な目が集まるだろう。勿論それぞれ少しばかり顔を変えてもらうことになる。特に今回の件は金吾、お前と与四郎さんの顔は知られているだろうからね。二人が動いていることをあちら側に知られると、さらに事態が面倒なことになる。駿河に着いたらさらに顔を変えて、一陣と合流してくれ。いいね」
 言い含めるような視線に、静かに頷く。この言葉と冷静さを促すような行動指示は自分が先走らないための配慮なのだと知り、相変わらず喜三太に関することには微妙に信用がないと苦笑した。
 しかしその顔に、庄左ヱ門は勘違いするんじゃないぞと溜め息を吐く。
「誰もお前が突っ走るかもしれないなんて心配はしてやしないよ。僕らももう充分に大人だし、なにより喜三太は風魔の頭領で、お前はその右腕だ。そんな奴らを捕まえて、自分の考えた枠の中に留めておこうとは僕も思っていない。ただしんべヱを陽動役に据えるにおいて、虎若とお前のどちらが用心棒役に相応しいかを考えた結果の配役だよ。たまたまお前の方がよりそれっぽいってだけの話。いくら僕が策士と呼ばれて久しかろうと、各個人が様々な経験を積んだ今、畿内に留まっている僕が最善の方法を取れるとは限らない。特に諸国の情報に関しては行脚している三治郎やお前の方が詳しいに決まってるんだから、有効な策が浮かんだら遠慮せずに言ってくれ。……みんながどう思っているかは分からないけど、僕は全員を自分と同列の策士として認識しているつもりだよ」
 なんでもないことのように、さも近所話をするかのごとく紡がれた言葉に金吾の目が数度瞬く。言葉の意味を理解していない様子のその顔をおかしそうに笑って見遣り、庄左ヱ門はさてと膝を打った。
「で、最後に第三陣。与四郎さん、僕と一緒にお願いします。作って頂いた荷物の大半は団蔵の馬やしんべヱの馬に積んで、出来るだけ軽装で行きましょう。畿内の城の中にも、カエンタケに関する情報を持っているところは少なくないでしょう。僕らは少し、そちらを当たってから合流します。少しじれったいかもしれませんけど、集められるだけ集めたら夜通し駆ける予定ですのでそのおつもりで」
 大胆な発言に、それまで沈黙のまま話に耳を傾けていた与四郎が思わず噴出す。確かに城仕えの使者でもない人間が他の城から情報を仕入れると言えば突拍子もない話ではあるものの、それを実現可能範囲と想定している庄左ヱ門に、与四郎は面白そうに額を押さえて唇を緩めていた。
「相っ変わらずおンもすれーことせうだーよ、おめーらは。どっか目星でもあるってぇ言い分じゃんか」
「そうですね、交換条件によっては話してくれそうなのが少なくとも六箇所。他にも学園の先輩方を頼れば、どうにか十箇所ほどは。……これも学生時代にみんなで無茶をやった賜物ってことですかね」
 にこやかな声色に、これは確かに敵に回すとおっかなそうだとさらに大笑が返る。
「なるほどなぁ。おめーらがあの時分、えっれぇおっかながられてたンがよーっくわぁった。オラもそンやり方で異論はねーよ」
「ありがとうございます」
 深々と頭を下げる庄左ヱ門に続き、残る旧は組の面々も同じく頭を下げる。その仕草に水臭ぇと首を振った与四郎に、は組の癖なんですよと誰かが照れ笑いにも似た言葉を返した。
 そこからの行動は早く、揃えられた荷物は次々と馬へ括りつけられていく。無論持たされた弁当も各班が分担して持ち、まずは一刻も早く駿河に着かねばと、第一陣を任じられた六人が学園を飛び出していった。
 サイン済みの出門表を門の内側に貼り付けるのも忘れず、また後日と叫んで行った背中を見送り、団蔵もまた、しんべヱと金吾の背中を叩いた。
 出発を促すその仕草に、短く息を吐いて逸る心臓を落ち着ける。考えるまでもなく卒業後に全員で騒動に挑むなど初めてのことで、懐かしい思いと信頼の気持ちはあれども、果たしてどこまであの頃の自分達のような連携をとることが出来るのだろうかという不安も払拭出来てはいなかった。
 険しい表情の金吾の手に、分厚い手が触れる。
「大丈夫。僕達、大人になったけどまだまだあの頃のは組だよ」
 静かな落ち着いた声で諭され、毒気を抜かれた様子で金吾の顔が上がる。それをへらりと正面から受け止めるしんべヱと、そして寄っていたであろう眉間を人差し指で突いては茶化して笑う団蔵に、それもそうだと泣き笑いに似た表情を浮かべる。
 引き攣るように痛んだ鼻を擦り、もう一度深く短く息を吐く。
 大人になって離れてなお昔のままのは組だと言うのなら、早くこの場所に喜三太を連れて帰らねばと、金吾は空を睨むように唇を噛んだ。



−−−続.