級友全員からの出迎えを受けて、ほどなく。
 喜三太と、そして既に覆面を取り去った金吾は学園長室内へ。そして残る九名は庭先に揃い踏んでいた。
 学園に辿りつくや否や、やはり入門表のサインを求めてきた事務員は大きく数回瞬きをしてからまるで低学年の遠足のようだと能天気に笑って迎え入れ、ぞろぞろと歩く前年度まで一番の問題児達を通り過ぎ様に見た教師は、また騒動を起こしてくれるなよと冗談交じりに投げかけた。
 その言葉を全て楽しげに受け止め、十一人で顔を見合わせ談笑しながら長屋の庭を進む。今年度から学年担当を退いた山田と土井に来訪の挨拶を済ませると、喜三太はまるで賓客のように、庄左ヱ門の案内で学園長の離れへと通された。
 この時点では未だ覆面を被ったままだった金吾も、ここに至りようやくそれを脱ぐ。
 いくらなんでも怪しすぎるとの笑い声を紅潮しながらも堪えてきた表情は、もはや怒っているのも馬鹿らしいと開き直った様子で大きく息を吐いた。
 その隣で、喜三太が物言わず見つめる視線を感じる。
「……喜三太?」
 名を呼べば、見開いた瞳の下で物言わず唇が戦慄く。見る間に潤んでいくその両目に動揺すれば、その様子に喜三太は崩れるように笑ってみせた。
「金吾、だぁ」
 言葉に、今度は金吾の目が見開く。けれどその目が潤むことはなく、代わって少し呆れたような色が瞳に添えられた。
「気付いてたはずだろ」
「うん、気付いてたんだけどねぇ。でもこうやってちゃんと顔が見られるって、ホントに凄いことなんだよ金吾。……特に大怪我した姿を最後に、そのまま離れちゃった場合なんて」
 言葉尻、歪んだ声音に咄嗟に手を取る。
「生きてるよ、約束したろ」
「……だねぇ」
 ふにゃりと笑った笑顔が、縁側の床板が軋む音に肩を揺らし背筋を伸ばす。金吾も同じく背筋を伸ばすと、ふと気付き、座る位置を喜三太よりも僅かに後方へとずらした。
 時を置かず、開け放たれた障子戸の向こう側から、事務員を伴った見慣れた老境が皺だらけの顔を覗かせる。
「すまん、待たせてしまったかの」
「いいえ。お久しぶりです学園長先生」
「卒業の見送りをしようとした時にはもうおらなんだからの、けじめある別れのなかった別離は、ある物よりも長く感じるものじゃ。最後の最後まで振り回してくれるクラスじゃった」
「……ごめんなさい」
「いやいや、怒っておるわけでも説教のつもりもない。元より、今更になっての説教も意味がなかろう。それよりも今のお主は風魔の里の正式な跡継ぎ、そして学園への使者じゃ。互いに話さねばならんことはあるはず。そうじゃな?」
 酷く個人的なこと以外、過ぎたことはしつこく言及しない主義の学園長の言葉に、はいと答えて目元を和らげる。その返答に満足げに深く頷き、老人は意地悪そうに唇を吊り上げた。
「時に金吾、お主いつ正体が知れた」
 喜三太は首を傾ぎ、金吾は小さく舌打ちし。
 庭先の九名は噴き出して肩を揺らした。
「……隠れての護衛をお申し付けになったのは学園長では?」
「ふむ、確かにな。じゃがこうして正体が知れておる。わしはそれを聞いておるだけじゃ、なにも他意はないではないか」
 にやにやと意地の悪い笑みを漏らす言葉に、焦れて歯噛みする。それを気付いたのか、喜三太が慌てたようにじりと膝を進めた。
「が、学園の門前で! 入門表にサインするまで、金吾だなんて知りませんでした!!」
「ほぅ?」
 ちらりと窺う視線に、こくりと唾液を飲み下す。
「ならばどうやって一緒に学園まで来たのかの?」
「昼前、僕がちょっと襲撃されちゃって。覆面の状態で助けてくれたんです。金吾はそのまま別れようとしたんですけど、庄左ヱ門が、護衛の人だよ隠れてたんだよ、だから一緒に学園まで行けばいいよーって」
「ほほぅ。それはまことか、黒木庄左ヱ門」
「一切の偽りなく」
 庭先に膝を突く影が、恭しく頭を垂れる。その姿に嘆息し、他の者も相違はないのかと問えば、我らが級長の言葉通りと全員が倣った。
 面白くもなさそうに、学園長が眉尻を下げる。
「なんじゃつまらん! せっかく感動的な再開を盛り上げてやろうと、襲撃の可能性も言っておらなんだのに。それでは最初から、二人旅を満喫しながら帰って来いとでも言ってやった方がよほど面白かったではないか」
「お言葉ではありますが、そういう気遣いは一切不要です!」
 この件に関しては本当に兵太夫の言ったとおりだったのかと恥じ入る金吾に反し、喜三太は視線だけを畳に落としたまま首を傾ぐ。その様子に我に返り、異変を感じた金吾がどうしたのかと袖を引いた。
 気付いた喜三太が、いやぁと曖昧に笑って頬を掻く。
「僕は風魔でそういうことを言われてましたから、それってあんまり意味ないんじゃないのかなーって思ったんですけどぉ。僕が窮地に陥らなかったら、学園長の考えてたのって無理じゃないですか?」
「……うむ、それは考慮しておらんかったな」
「でしょー」
 へらりと笑う声に、やれやれと肩を竦める。ようやく納得してくれたかと金吾が胸を撫で下ろしてほどなく、もてなしの茶を淹れてきた小松田が退室したのを見計らい、学園長はさてと切り出した。
「で、じゃ。此度の申し入れについて、詳しく話を聞かせてもらえるかの」
 頷き、懐から二通の書状を取り出す。それをくるりと反転させてから学園長へと手渡し、喜三太は姿勢を改めた。
 老いた手が広げた二枚の書面には、まったく同じいくつかの約定が書き連ねられていた。
「風魔が忍術学園に協定の申し入れをした経緯は、学園長も既にご存知の通りです。忍里の一番の担い手である若い忍は各地の戦で否応なく数を減らし、里には子供か、老人ばかりの状態です。子供に技術を伝えようとしても、老人では実戦を教えることが難しいのはお分かり頂けるかと思います。それに里が弱体化していくばかりでは、いつどこぞの城に滅ぼされるかもしれません。これまで集団としてはどんな城や里とも手を組まず、独立した地位を保ってきた風魔ではありますが、里の者達の中にももうこれが限界と感じているものも多数を占め、それならば現状を崩してでも、技術を残し、風魔の名を残すことこそが良案と結論が出ました。その先に選出されたのが、次期頭領たる自分が六年間在籍し、たびたび風魔との共闘をなしたこの学園です」
 すらすらと詰まることなく陳述した喜三太の言葉に、正面に座った学園長だけでなく、後ろに控えた金吾、また、庭先の九人までもが目を見張る。ふわふわといつまでもあどけなさが抜けないとばかり思っていただけにその変貌ぶりに驚愕する面々に、当人は数度瞬き、照れたように肩の力を抜いた。
「やー、僕だって一応将来が決まっちゃいましたしぃ。それに六年もここで勉強してきたのに、ちゃんと喋れなかったらその方が問題ですよぉ」
 途端に崩れた口調に、それもそうかと納得する半面、奇妙な安心感が襲う。その安心感に任せ表情を緩めた学園長が、再び書面へ目を落とした。
「なるほどの。次代の頭領が健やかに育った場所であれば、よもや技術を悪用される恐れもないと言ったところか」
「はい。自分のことですし、ちょっと恥ずかしいですが」
「そしてこれが、協定締結を踏まえて互いに保管する約定書と」
「そうです、失礼ながら改めて口頭で申し上げます」
 記憶した内容を反芻するように一度眼を閉じ、ゆっくりと息を吸う。それを待ち、学園長は膝上で手を組んだ。
 喜三太の目が開き、ゆるりと唇が開く。
「その一、忍術学園と風魔が対等な立場であること。その二、繋がりをより強固とする為に、双方最低でも一名ずつ、教師を在籍させること。その三、有事の際には双方救援を厭わないこと。その四、この協定の締結者名は大川平次渦正と山村リリーであり、双方の死後は忍術学園、また、風魔の里における組織の長が再締結すること」
 はっきりと、そしてゆっくりと紡がれる言葉に耳を澄ませ、なるほどと学園長の首が揺れる。
「双方で交換する教師は互いにとっての人質とも言えるわけじゃな」
「はい、物騒な言い方ですが」
「しかし喜三太。……いや、この場合はお使者殿と言ったほうが良いかの」
「はい」
「風魔の、特にリリーさんと山野先生達が信じておるのはわしらではなく、お主ら元は組の面々ではないのかの。それならば、わしらはお主らは組が負うべき危険を肩代わりするだけの存在になってしまうぞ。仮に、もはや学園に籍を置かぬお主の仲間が風魔に牙を剥けば、どうなる」
 言い募られる言葉に逡巡し、喜三太の目が金吾と、そして庭先に揃う級友を見る。けれどその僅かな悩みさえも無用と言いたげに唇を吊り上げた笑みばかりを見せる面々に、喜三太は自身もゆっくりと唇を笑みに歪めた。
 言ってやれ、と、庭先から誰かの声が聞こえる。
 その声に背中を押され、背筋を伸ばし、誇らしげに唇を開いた。
「自分の育った里の子供達を危険に晒す馬鹿が、この中にいると?」
 柔らかな笑みと、それに些か不釣り合いな凛とした声色に、今度は学園長の薄い目が見開く。
「里、と」
「里です。僕らは忍術学園という里で育った、この里の子です。嬉しいことも嫌なことも、全部この里の仲間と、里の大人達と学びました。だったら、後輩達は守るべき子供達です。僕らは組全員がその認識でいます。きっと、卒業した先輩達も同様に。誓えと仰るのなら、今すぐに」
「じゃが喜三太、お主は風魔の次期頭領じゃろう」
「そうです。だから僕が、自分の二つの里を危険に晒すような協定を結ぶわけない。僕を育ててくれた里と、生まれた里。両方をいっぺんに失くすなんてごめんですもん」
 へらりと笑う顔に、老いた肩が静かに力を抜き、それもそうかと含むように笑う。
「いやはや、老いたくはないものじゃな。分かっているはずの答えに目を背け、自身の威厳をより誇張しようと意地の悪いことばかりを思いついてしまう。……風魔がは組を信用しているというのなら尚の事じゃ。お主らを取りまとめる唯一の主君と言ってもいい庄左ヱ門は、うちの穴丑を務めておる。信用を置けぬ者を穴丑に据えるほど、わしの目は曇ってはおらん」
 ちらりと向けられた視線に、庄左ヱ門が笑って頭を垂れる。それを満足げに見遣り、学園長は大きく息を吐いた。
「風魔の技術を学園に取り入れるのは願ってもないことじゃ。それに、こちらの知識があちらにも役立つとあらば是非もない。初めての交流に上下があっては諍いの元になるのが人の常。それがわしらおいぼれが隠れた後も続くというのなら、他の者も文句もなかろう。仮に風魔と合同実習が出来るようなことがあれば、これはこれで面白いことが出来そうじゃしな」
 ふふと笑う声に、金吾と喜三太が顔を合わせて苦笑する。さすがに厄介な思いつきが足柄にまで伝達することはないだろうと思いながらも、ヘタをすると学級委員長委員会のような人種があちらにも生まれかねないことを考慮して、二人は遠く東へと思いを馳せた。
「さて、では喜三太」
「っ、は、はいっ!」
「風魔に送る教師なんじゃが、生憎と新年度も始まっておるし都合するのは難しい。じゃが協定が締結されたとなれば、直ちに人員を派遣するのが筋というもの。そこで、新任の先生を送ろうと思うんじゃが、問題はあるかの」
 窺うような視線に、大きく目を開いて首を振る。
「もしかして兵太夫ですか?」
「ゲッ」
「いやいや、兵太夫ではない。あやつのカラクリ技術は、こちらでまだまだ教えてもらわねばいかん」
 名前が挙がった途端にヒキガエルが潰されたような声を漏らした兵太夫に笑い、学園長はゆっくりと首を振った。
 少し長く話し過ぎたのか、皺だらけの手が湯呑へとのびる。未だ熱を失わない煎茶を一口啜り、老いた背中でほぅと息を吐いた。
「実は山野先生からな、剣術指南役をもらえればという話が来ておったのじゃ。なにやらついひと月ほど前、進級したばかりの六年生達がどこぞの若い剣士に、足運びやら構えやらのことでことごとく叱り飛ばされたらしくての。情けなさに涙が出そうになったと手紙に書いてあったわい」
 軽快に笑う声とは対照的に、やけに身に覚えのある事柄に金吾が身を縮める。それをまぁまぁと朗らかに笑って宥め、喜三太はじゃあ戸部先生をと首を傾いだ。
 それにも笑い、学園長は首を振る。
「新任と言ったじゃろう。相変わらず満足に人の話を聞かんようじゃな」
「はにゃあ、すみません」
「まったく、次代の頭領がこれでは風魔も将来を心配するはずじゃ。が、それを踏まえればこそわしの人選はあながち間違ってもいないじゃろう」
 にっこりと笑んだ目が、喜三太を通り越して金吾を見る。
 喜三太との会話中に送られるその目に怪訝に眉間を寄せるも、またなにか揶揄するつもりなのだろうかと身構える。けれどそれは次第に時が過ぎても逸らされることはなく、ようやくになりその視線の意味に気付いた金吾はまさかと目を見開いた。
「ようやく気付いたか。こういった勘の鈍さは、土井先生そっくりじゃな」
「いや、あのっ! 学園長先生!」
「喜三太、そういうことじゃ。金吾を剣術指南役に送ろうと思うんじゃが、まさか異論はあるまいな?」
 金吾の意見など聞く気もないとばかりの学園長の態度に、喜三太の目がしばらく宙を漂う。えっとと呟いて脳内で話を組み立て直す様子に、室内外の全員が苦笑を浮かべた。
 しばらくし、愕然として叫ぶ。
「え、金吾ですかぁ!?」
「お前達、本当に変わらんなぁ」
 こういった話における理解の遅さに思わず呆れ返るも、一度咳を払い、その通りと膝を打つ。その音に思わず乱していた姿勢を改めると、二人は緊張した面持ちで学園長の顔を見た。
「この人選はなにも、お主ら二人の間柄を鑑みてばかりのことではない。第一に、先も言ったようにあちらの信用を一番得ているのは元は組の面々じゃ。ならばあまり関わりのないものを人質としてどうする? 用をなさねば意味がないじゃろう。そこで、は組の中からの選出を考えた。じゃが家業を継いだ者、また、すでに職を持っている者がほとんどじゃ。虎若、団蔵、庄左ヱ門、伊助、しんべヱに至っては、今の住まいを離れることすら難しい。そうなれば半農半忍を貫く乱太郎、フリーのきり丸、霊峰を渡り歩く三治郎、学園で教師見習いをしている兵太夫、諸国放浪で剣豪を目指す金吾を考えるのが妥当。じゃがそうなれば……剣術指南をとの声を知ってのこと、金吾を選ばぬわけにはいくまい。それに金吾は郷里も相模。喜三太と互いの欠点を補いつつ、風魔に溶け込めるじゃろう」
 なにか反論はと問えば、納得しましたと二つの頭が下がる。それを当然とばかり鼻を鳴らし、ではと皺だらけの頬が緩んだ。
「喜三太。山村リリー殿の代理として、協定締結の相手はお主で良いのかな?」
「っ、は、いっ!!」
「ならば仮の調印じゃ。これから数度に渡って緻密なやり取りは必要じゃがの。……庄左ヱ門、見届け人を」
「はい」
 呼ばれ、庭先に控えていた庄左ヱ門が縁側へと上がる。最初に喜三太から学園長へと渡った約定書が広げられ、筆先が二つの名を書いて滑るのを見届けると。庄左ヱ門は見届け人としてそこに名を加えた。
 二枚の書状に、同じようにそれが施される。未だ濡れるその書面を見、喜三太がゆっくりと息を吐いた。
「……これでいいのかな? 終わり?」
「然様、これで忍術学園と風魔は互いに支え合う関係として約定を結んだわけじゃ。あとこれをそれぞれに、迅速に保管せねばならん。……が、今日は今から出れば山中で夜を迎えることになる。今宵は学園で過ごし、明日の朝早くに馬を駆ったほうがよいじゃろう。団蔵、馬の貸し出しと共駆けの依頼をしたいのじゃが、よいかの」
「遠乗り出来るなら喜んで!」
 満面の笑みで承諾する団蔵に、周囲から笑いが起きる。それに不服気に頬を膨らませる馬借によいよいと笑い、学園長は大きく息を吐いた。
「仲間と離れていた間、積もる話もあるじゃろう。今日は全員で教員長屋の空き部屋に泊まるがいい。ただし、くれぐれも騒動を起こしたり騒動を引っ張り込んだりせんようにな」
 言い聞かせる口調に、全員が声を揃えて返答する。まるで最少学年のような返事に笑う学園長に、それぞれに頭を下げ、退室する。
 教員長屋への移動の最中も、騒がしい声が止むこともない。久し振りのおばちゃんの料理だと騒ぐ声を懐かしげに眺め、喜三太は隣を歩く金吾の手にそろりと指を絡めた。
 気付き、金吾も強く握る。
「……金吾の代わりに学園に来るの、多分与四郎先輩なんだぁ。なんか、そんな感じだった」
「そっか」
「でも寂しくなんてないよ。協定結んだからね、会おうと思えばいつでも会えると思ってる。先生にだって休みはあるし、人質の意味合いがあるって言ったって学園長が里帰りも許さないとは思わない」
「……そうだな、忍術学園だもんな。寂しがる暇もないくらい、きっとたくさん会える」
「うん」
 肯定を最後に、静かな笑みだけを浮かべて黙りこむ。絡めた指を意識すれば、どちらの熱が移ったのか互いに酷く熱く感じた。
 食堂へ入る直前、全員が入ってしまったのを確認して、喜三太がその手を引いた。
 耳元で、柔らかな唇が喜色を唄って小さく囁く。
「風魔に着いたら、もう絶対金吾から離れないからね」
 言葉に思わず笑って、知っているとばかりに頭を撫でて一歩先へ行く。その仕草に膨れて見せた喜三太が、勢い任せに背中に突っ込んだ。
 ぐえと、潰れた声を上げて金吾が倒れる。
「離れないの! ってば!!」
「分かった、分かったから! 分かってるから! 今はとりあえず離……!」
 場所柄も考えず床に倒された恥ずかしさに紅潮しつつ、なんとか引き剥がそうと藻掻く金吾の顔が不意に食堂へと向く。そこでは微笑ましそうでありながらどこか意地の悪い笑顔を浮かべた級友達が、物も言わずに自分達を見下ろしていた。
 上がっていた血液が、音を立てて下がる。
「金吾、とりあえずそういうのは夜になってからね?」
「ち、違う! 違うんだってば庄左ヱ門!」
「やーねー、皆本さんってばこんなとこでサカっちゃってー」
「あれよぉ、ちょっと予想外のことが起こっちゃって一緒にいられることになったから、変に興奮してんのよぉー」
「えー、やだぁ金吾ってばそういう趣味ぃー? ワタシ疑っちゃあーう」
「きり子さん兵子さん三子さんやめてくださいホントに!」
「いや! むしろそれくらいの勢いがあってこそだ金吾!」
「その通り! やっと勢い任せが出来るようになったか金吾! 俺達嬉しい!!」
「団蔵と虎若は黙ってくれ頼むから!!」
 状況も経緯も恐らく理解できているだろう級友達のいつもの苛めに、涙目で反論する金吾を少し遠巻きに伊助と乱太郎、しんべヱが見守る。それでも静観するつもりらしい三人に鬼だ妖怪だと喚く金吾の背中で、喜三太は未だ抱きついたまま、幸福を隠しもせずに体温に頬を寄せた。



−−−了.