――― 終
翌朝の一年は組は、なんともけだるげな雰囲気に包まれていた。
当然のことながらそれは寝不足であることが大いに関係していたのだが、注意されるまで夜更かししていた手前、授業中におおっぴらに眠りこけるわけにもいかない。
しかしそれでも耐え難い睡魔と昨夜とは打って変わった陽気に押し負けてあくびばかりを披露する十一人に、座学を進めていた土井はがっくりと肩を落とした。
「お前達、今日は随分だらけてるなぁ……。もっと気合を入れろ、ほら! そんなんじゃ実技の授業中に怪我するぞ」
呆れた声色での叱責にも、いまいちはっきりとしない返答が戻る。それを眉尻を下げて見遣り、大きな手はガリガリと頭を掻いた。
「他の奴らはともかく、庄左ヱ門までこれじゃあなぁ……。本当にどうしたんだ。昨夜はみんなで夜更かしでもしてたのか?」
それを聞いて、兵太夫が唇を尖らせる。
「なに言ってるんですか土井先生。昨日僕達が怪談話してた時、注意にいらしたじゃないですかー」
「そうですよー。突然おいでになったからビックリしたんですからー」
眠い目を擦りながら便乗した喜三太に続き、そうだそうだと合唱が始まる。しかしそんな学級内を見回し、土井は怪訝な様子で首を傾いだ。
「なにを言ってるお前達。昨夜は私も山田先生も、昨日やった小テストのあまりにも酷い結果に頭を抱えて、指導対策を組むのに必死だったんだ。他の先生方と間違えたんじゃないのか?」
あっさりとした否定に、室内は水を打ったように静まり返る。
恐々と顔を見合わせてはぶるりと身震いするその顔は、どれも心なしか青褪めていた。
「それって、さぁ……」
ごくりと喉を鳴らした団蔵が、泣きそうな顔で声を漏らす。それを不思議そうに首を傾いで見守る土井の姿などもはや意識の外に追いやった様子で、金吾も続いた。
「そう言えばあの時……声が聞こえてすぐに外に飛び出したはずなのに、先生の姿はどこにも見えなかったよ」
「僕の所もだ。学級委員長の部屋でみんなで夜更かしだなんて絶対に叱られると思ったのに、あの注意以降、誰も僕らの部屋には来なかった。解散したならとお目こぼししてもらえたのかと思ってたけど、もしあれが土井先生でも山田先生でも、まして他の先生方でもないのなら……」
怯えた声色に、教室中を悲鳴が駆け巡る。
その圧倒的な声量に土井は思わず耳を塞いだが、その直後に混乱状態で抱き付いてくる教え子達を宥めるためにあえなくその手は下ろされた。
事情を把握できないまま助けを求める十一人に、落ち着いて話しなさいとしか言いようもない。
またしても座学の時間が潰れてしまう予感に胃を痛める教師を見下ろしながら、教室の隅に巣を張った蜘蛛が嗤うようにかさりと蠢いた。
−−−了.
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