序
疲労しきった足を引き摺り、もはや執念とも言える忠誠心だけで足を進める。呼吸はこれ以上ないほどに荒く、しかしそれを必死に押し殺そうと、男は口を覆面で覆っていた。
まだ距離があるとは言えど、背後からは複数の気配が迫る。殺気混じりの怒声が微かに鼓膜を揺らすたび、万が一にもそれらに気取られる訳にはいかないと、とにかく鬱蒼とした場所を進むことを選択した。
見つかればその場で全てが終わってしまうことを悟り、心臓が跳ねる。
傷だらけの左手が闇に沈んだ藪を掻き分ける。血に塗れた右手は痛みを訴える腹部を握り締め、止血効果があるかも分からない木綿の切れ端を押し付けていた。
額が脂汗でじっとりと濡れ、時折目に入っては視界を滲ませる。そして疲労で思考がぼやけても休むわけにはいかないのだと忌々しげに舌打った。
「とにかく領地まで戻れれば、後はどうにか……っ」
自身に向けて吐く言葉さえ白々しい強がりなのだと理解しながら、それでも奮起して一歩分でも体を前へと乗り出す。
しかし気ばかりが急いた結果、足はその感情に追いつかず、もつれてその場に倒れ込む。数日前に降った雨のせいか藪に覆われた土は湿っぽく、派手に崩れ落ちたその頬から覆面を擦り下げて顔面を黒く汚した。
その衝撃と共に目の前が霞む。汗によるものとは違うそれが危険な兆候だと理解していても、もう手足は一寸たりとも持ち上がろうとはしなかった。
辿り着かなければならないはずの城はおろか、領地まですら遠い。
「……クソ……」
吐き捨てることも出来ず、力なく呟くのみに留まった言葉はそのまま地面に吸い込まれていく。這い蹲っておきながらなおも揺れを感じさせる頭は、そのまま体が土の中に飲み込まれていくような錯覚を起こさせた。
「また凄腕さんに、……呆れられ、る、なぁ……」
自嘲することも出来ず、渇いた喉から掠れ声を落とす。倒れこんだ姿勢のまま身動きすら取れない現状を脳内でだけ思う様嘲り、男はやけに白目ばかりが目立つ眼球を隠した。
陽が昇る気配もなく、仲間が助けに来るわけもない。
所詮自分の最期などこんなものなのかと諦めにも似た息を吐き、傷だらけのドクササコ忍者は静かに意識を手放した。
■ □ ■
森の中では小鳥が楽しげに囀り(さえずり)あっていた。
残暑も去り、ようやく涼しい秋の気候が肌を柔らかに冷やす頃。忍術学園では恒例の秋休みも明け、今日からまた学園生活が幕を開けようとしていた。
手には学園に着くまでに食べるようにと持たされた弁当が提げられ、表情は朗らかに緩んでいる。そんな微笑ましい風貌の乱太郎、きり丸、しんべヱはただ一点、道すらない森の中に立ち竦んでいることさえ除けば、まさに登校中の一学生に過ぎなかった。
達観したかのような悟りきった笑みで、乱太郎が口を開く。
「つーいさっきまで、休み明けの再会を喜び合ってたのにねー」
「ねー。なんでこんな事になっちゃってるのかなぁー」
もう笑うしかないといった様子で、自棄になった風でもなくしんべヱも釣られる。そんな二人を脇目に、きり丸だけが納得のいかない様子で首を捻っては眉間を寄せていた。
「っかしいなー。いやホント、しっかり道は覚えてたはずだったんだぜ? なのになーんでこんなに迷ったんだー?」
おかしいおかしいと繰り返して首を傾ぐ姿に、もう悩んだところで仕方がないと二人が肩を叩く。それに少しは気も慰められたのか、きり丸は大きな溜め息を吐いて頭を掻いた。
「せっかくアケビ取ってって、学園で売りさばこうと思ってたんだけどなー」
「きり丸、多分そういうのがダメだったんだよ」
「しかも寄り道したときに限って、土井先生は先に行っちゃってるしねぇ」
せめて方角だけでも確かめようと乱太郎が耆著(きしゃく)を取り出す。それを受けてしんべヱが両手を碗の形に差し出すと、きり丸が心得た様子でその中に水を注いだ。
不安定な水面に揺れた磁石の舟がやがて一点へ船首を向けると、三人は顔を見合わせ、よしと呟いてそれらを回収する。
「とりあえずあっちに向かって進めば学園には着くはずだよね。そうじゃなくても、どこか道に出さえすれば大体の場所が分かるし」
乱太郎が指差した方角に向かい、揃って足を進める。既に陽は中天に差し掛かり、影も短い。
休み明け早々に遅刻という不名誉な成績をつけてしまうことに、形容し難い申し訳なさが乱太郎の脳内を占めた。
そしてそれは他の二人も同じ思いなのか、窺うようにちらりと顔を合わせるたび、示し合わせたかの如く乾ききった笑みが唇を引き攣らせる。
「まさか通い慣れた学園への登校中に迷子になるなんてね。一年生の時ならまだしも私達、もう六年生も後半に入ろうかって時期なのに」
「うーん、五年間で成長したはずなんだけどねぇー」
「いやいやしんべヱ、俺達の場合は体がデカくなったくらいしか変わってねぇって」
「えー? 色々上達はしたよー」
気まずさを誤魔化すためか、それとも話す内に本当に複雑な申し訳なさなど忘れてしまったのか、最終的には普段通りのはしゃいだ様子で薄暗い森の中を歩く。沈みかけていた足取りがやがて軽やかなそれに変わる頃、何かに怯えたように乱太郎がぴたりと足を止めた。
「乱太郎?」
突然の停止を訝(いぶか)しんで、きり丸としんべヱが揃って顔を覗き込む。しかしそれに気を取られることもなく先を見つめ続ける目線を追った二人は、同じくその場所を注視したまま動きを止めた。
そこには藪が生い茂り、その下からは大人の足が覗き見える。しかも見慣れた履物から察するに、それは明らかに忍者のものと思われる足だった。
「ねぇきり丸にしんべヱ? 私の目が昨日よりも悪くなってないとするならだけどさ。 ……あそこの藪の陰に、誰か倒れてるよね?」
恐る恐ると呟かれる確認の言葉に、二人はにべもなく肯定を返す。
「そっすね。バッチリっすよ」
「ホント僕達、倒れてる人を見つける天才だよねぇ」
「あー、やっぱりぃー?」
もう諦めているのか落胆も感動もない口調のきり丸、そして自嘲にへらりと頬を緩めて見せたしんべヱの声にがっくりと肩を落とす。ちらりと流し見た先にある件の足は未だぴくりとも動く気配はなく、乱太郎は二人の袖を引いた。
「どうしよう。牧之介……じゃ、ないよね? 多分」
「違うだろ、あいつだったらど真ん中に倒れてるって。……でもここは忍術学園に近いし、今日は秋休み明け最初の日だしな……。忍者が倒れてるなんてタイミングが良すぎる。どっかの罠ってことは充分考えられるだろ」
「うん、そうなんだけどね。かと言って放っておけるかって言われるとそれはそれで悩んじゃうと言うか……。これがホントに牧之介だってんなら、無視して通ることも出来るけどねぇ」
眉間を寄せて唸り続ける二人の会話に、しんべヱだけが輪に入らず怪訝な表情で鼻を動かし続ける。そして普段から朗らかなはずのその柔らかい表情筋は、ふわりと流れた風と共に険しく顰められた。
「あのね二人とも。これ、僕の気のせいだったら一番いいんだけど。……なんだかこの辺り……ちょっと鉄の匂いがしない?」
反応を探るようなたどたどしい話し方に、乱太郎の表情ががらりと変わる。あれほど眼前の人物との接触を戸惑っていたにも拘らず、そんなことは微塵も感じさせない素早さで土を蹴った。
もどかしそうに藪を掻き分け、倒れているその体を引き起こす。
そして黒々とした血の滲みを目にすると、迷うことなく首筋に指を添えた。
たった一刹那。宛がったその皮膚の向こう側が確かに脈打っているのを認識すると同時に、おもむろに上着を脱ぐ。
「生きてるっ! きり丸、しんべヱ! 手を貸して!!」
焦りの見える声色に、乱太郎の後を追ってきた二人の目が驚愕に開かれる。抱え起こされた男の纏っている渋紙色の忍装束に、きり丸が声を上げた。
「おい、こいつってドクササコの……っ!」
「酷い怪我だよ!?」
困惑する二人に対し、乱太郎はあくまで落ち着き払って現状の把握に視線を走らせる。脱いだ上着を半ば無理矢理男に羽織らせると、小さく息を吐いた。
「大丈夫。血はもう止まってるし、呼吸も弱いけど正常だ。だけど体がずいぶん冷えてるから、早く処置しないと手遅れになる。しんべヱ、悪いけど背負ってあげてくれる? 学園まで連れて行こう。ここじゃ手当てのしようがない」
先程までのにこやかな雰囲気と打って変わり、保健委員の長としての凛とした空気を纏った乱太郎の指示に従い、柔らかで大きな手が男の体を抱え上げる。乱暴さの欠片もなく、傷に障らぬようにと丁寧に配慮されたその上から、きり丸が自身の上着をも脱いで被せ掛けた。
体が冷えていると話された件への配慮なのか、それとも二重に着物を羽織らせることで男を追う人間の目を多少なりとも欺くためなのか。どちらにしろ学園で診るためには必須とも言えるその動作をさり気なくこなし、きり丸はニィと白い歯を覗かせた。
「俺達三人の迷子と遅刻って不運が、全部この人の幸運ってことだよな」
「あ、いいね。その解釈」
一笑するきり丸に、乱太郎の目尻が嬉しげに下がる。そのやり取りの脇で、しんべヱは困ったように辺りを見回していた。
「でもどうしよう、早く学園に着いたほうがいいんだよね。最短距離で行けないかなぁ」
「大丈夫だよ。確かに早く着くに越したことはないけど、方角だけは合ってるはずだしこのまま進めば……」
「いや、ちょっと待て乱太郎。今いい手を思いついた」
しんべヱの背を軽く押して進もうとした乱太郎を手で制し、きり丸が自信ありげに鼻を鳴らす。
「いいか、今はちょうど昼時。それにありつけなかったが、今日は先生達向けのランチがあったはずだ。しかも、俺達の傍にはしんべヱがいる。ってことは一番確実なのは」
きり丸の手がどこともない中空を指し、高らかに指示を叫んだ。
「おばちゃんの味噌汁の匂いを嗅げ、しんべヱ!! 今すぐ着けたら、残り物くらいはあるかもしんねぇぞ!!」
「え、ホントォ!? 分かったっ!」
残り物の可能性を示唆され、最高の敬愛を寄せる食堂のおばちゃんの料理にありつけると、しんべヱの目が俄然輝きを増す。そして即座に丸い鼻を空へ向け、漂う風に入り混じる微かな匂いをも逃がすまいと神経を集中させた。
その姿にこの二人と行動を共にする頼もしさを感じ、また一つ、乱太郎の胸から焦燥感が抜け落ちる。
「あった! 今日は金平ごぼうと唐揚げ、それに玉ねぎとジャガイモのお味噌汁だー!!」
一際声を弾ませて叫んだしんべヱが、一目散にその方向へ向かって走り出す。その機敏な反応を慌てて追い、二人はその大きな背中を道しるべに学園へと急いだ。
「しんべヱ、もしかしたらこの人を追ってる忍者がいるかもしれない! だから出来るだけ藪の中を通って!」
「分かってる分かってるぅー!」
口元から涎を垂らさんばかりの緩んだ表情で駆けるしんべヱの進む道は、確かに開けた場所ではなく走るのに適さない藪の中ばかりだった。普段であれば容易に追い越せるはずのしんべヱの足は食欲が刺激されたせいか異様なまでに速く、後を追う乱太郎、きり丸の追随を許さない。
必死に追い縋る二人の頬には、弾かれた木の枝葉によって細かな傷が増えていった。
「アイツ、こういう時はホンット頼りになるよなぁっ!」
思わずなのか、大声で笑い飛ばすきり丸の言葉に駆けながら同意の首肯を繰り返す。
「だねっ! は組のみんなといると、不運が幸運になるみたいっ!」
「バッ……! そういうことは、せめて全員揃ってる場で言うもんだっ!!」
本心からの言葉で叫ぶと、頬を赤らめたきり丸から掠め取った木の葉を投げつけられる。それを甘んじて受けながら、ようやく木々の向こうに見えた見慣れた壁に安心感が押し寄せた。
「しんべヱ、その人を抱えたままじゃ壁を越えるのは無理だ! 正門に回ろう!」
「俺、先に行って門開けとく! 山田先生と土井先生がカンカンで待ってるだろうから開いてるとは思うけど、逆に閉め出し食らってるかも知れねぇし!!」
「うん、お願いきり丸!」
壁を見るや否や現在地を把握したのか、、きり丸がくるりと右側へ方向を変える。一旦は見送ったその後を人目に付かないよう注意しながらゆっくりと進み、やがて呆れ返った顔で門の左右に立っている両担任、そして頭に大きなこぶを作ったきり丸の下へ駆け寄った。
「遅刻してごめんなさい、山田先生、土井先生!」
「お説教、ちゃんと後で聞きますからぁー」
前へ立つや否や勢いよく頭を下げ、開口一番到着の遅れを謝罪する。そんな二人に既にきり丸から事情を聞いたらしい担任教師達は揃って、いいから早く中へ入りなさいと口早に促した。
言葉のままに中へ駆け込み、きり丸も伴って一目散に医務室を目指す。
「失礼します! すみません新野先生、善法寺先生! 少し場所をお借りしますが、こちらへの手出しは一切なさらないようよろしくお願いしますっ!」
申請と言うよりもむしろ懇願の色の強い口調で大きく言い切ると、バタバタと忙しなくしんべヱに背負われた男を布団へと寝かせる。その後慌てて近くで火の気を起こす乱太郎に、新野、そして今や補助医師として学園に身を落ち着けている伊作は顔を見合わせ、事の流れをなんとなく察した様子でにこやかな笑みを浮かべた。
「乱太郎くん。私達は今、ちょうど薬草の刈り取りに出ています。いない人間に気を遣うこともない。薬品も必要になるでしょう。目を盗んで、存分に使ってしまいなさい」
「布団も近々綿を打ち直さなきゃと思ってたし、敷布も換える予定だ。泥や血で汚れても、誰かが怪我をして横になってたのかなと心配するだけで、特に気にしないからね」
柔らかに言い置き、見返ることなく退室していく。その背中に声を掛けることはせず、乱太郎はただ黙って頭を下げた。
そして横たわったまま目を覚まさぬ男へと向き直り、気合を入れ直すかのごとく袖を捲り上げる。
「さーて、ここからは保健委員の本領発揮! きり丸、しんべヱ! お手伝いよろしく!」
奮起した様子で深く鼻息を吐き出した乱太郎に、親友二人は即答で了承を返す。まずは汚れたままの服の処理と消毒作業だと治療の手順を呟いて薬を準備する傍ら、早速衣服を脱がし始めた二人の手並みのよさに、頼もしいにもほどがあると息を吐いた。
そこから、時間は急速に過ぎていく。
中天に差し掛かっていた陽が傾き、山の頂上に触れるのが見える頃。
ずっと閉ざされ続けていた目蓋がひくりと震えたのを感じ、乱太郎は額を濡らす汗を腕で拭い、清々しいまでの笑顔で覗き込んだ。
「気が付きました? 良かった、このまま体温が下がりっぱなしだったらどうしようかと思ってたんです。でも縫合が終わってからで良かった。あんまり傷が深く長いから、慌てて新野先生にご指導頂いたんですよ。初心者の割にうまくいったとは思うんですが、それでもきっと最中に意識が戻ってたら辛い思いをさせたと思うんで、本当に良かったです」
未だ意識がはっきりとしないのか怪訝に潜められた目元が、自分の置かれている状況を探っているのかじっとりと辺りを見回す。それをあえて好きなようにさせ、乱太郎は手に持っていた薬を塗布した麻布を傷口に被せた。
「っ、痛……っ!?」
「すみません、少し沁みますが良く効く薬です。我慢してくださいね」
薬が傷に触れた途端悲鳴を上げた男に、申し訳なさそうな言葉を掛けつつも構うことなく上から押さえ布を置いていく。伏目がちなその顔をまじまじと眺め、男は戸惑った様子で唇を開いた。
「……お前」
呟かれた言葉は、しかしここで打ち切られる。
「おーい乱太郎ー! お粥、もうちょっと待ってくれってさー。って、なんだ。ドす部下、気が付いたのか」
「うん、今しがたね」
些か乱暴に木戸を引き開けたきり丸の姿に、白目が驚愕したように体を震わせる。それをおかしそうに見ながらも返答した乱太郎の耳に、またしても忙しそうな足音が飛び込んだ。
「綿入り持って来たよー。あ、目が覚めたんだねぇ!」
「しんべヱもありがと。包帯を巻いたら着てもらうから、そこに置いといてくれる?」
はしゃぐしんべヱとなぜか得意気なきり丸、そしてあくまで治療に専念している乱太郎を見比べ、白目は自分の寝かされている場所にようやく確信を持ったのか目を見開いた。
「ちょ、待て。忍術学園六年は組のお前らがいるってことは、まさかここって」
動転し始めた白目に対し、その反応を予想していた三人は顔を見合わせ、ニィと楽しげに唇を歪めた。
「お察しの通り忍術学園」
「そしてここは、その医務室です」
「ドす部下さん良かったですねぇ。あのままあそこで倒れてたら、死んじゃうところだったんですよー」
得意満面の三人に、咄嗟に起き上がろうとしていた体が脱力で再び布団に沈む。それを見てケラケラと笑い転げる乱太郎達を恨めしげな目が睨む頃、また次の足音が聞こえた。
明らかに複数と思われる騒がしさに、赤い髪がひょっこりと高さを戻す。
「みんなも手筈が整ったかな」
呟いた言葉に、横たわったままの首が傾ぐ。耳に届く騒々しい足音はその瞬間にも医務室を目指し進んできていた。
程なく、正しく騒がしい面々が雪崩れ込む。
「と養部ラずモ掛ら着つカ関うで全い繕るた頼にいきばもたえらよ」
一斉に話し始められた言葉の洪水に、乱太郎は困った顔でひらひらと手を翻す。その慣れた冷静さを信じられないといった顔で見上げてくる白目にほんの僅かな優越感を感じ、保健委員の長は大人びた調子で一度咳払った。
「はいはーい、落ち着いてー。私、土井先生じゃないからみんながなにを言ってるのか分かりませんよー。順番に言ってくださぁーい」
まるでママゴトでもしているかのようなわざとらしい口調に、室内に一瞬沈黙が落ちる。しかし次の瞬間には弾けたような笑いが満ち、似合わないよと野次る声が飛んだ。
それをバツの悪い顔で受け、いいから早く言ってくれと眼鏡を押し上げる。
「見事にスベッたな」
揶揄するきり丸に一発だけ痛い拳を見舞い、何事もなかったかのように治療を再開する。横たわっていた白目の上半身を起こさせて包帯を巻きつけていく姿に、どうやら先程の台詞はなかったことにしたいらしいと察し、伊助が笑って口を開いた。
「とりあえずここで着てもらう服、いくつか見繕ってみたよ。丈が合うといいんだけど」
言って持ち上げられた手には、確かに綺麗にしまわれていたと思しき着物が数枚畳んで掲げられている。それを包帯を巻きながらも向き直って確認した乱太郎は、わぁと嬉しそうな声を上げた。
次いで、押し退けるようにして団蔵が顔を出す。
「滋養のつくモンいくつか運んでもらえるように、うちに鳩飛ばしたからな!」
「ちょっと、なにも押し退けなくったっていいだろ!」
圧迫してくる団蔵を反対に押しやり、伊助が不愉快そうに眉間を寄せる。そんなささやかな諍いを囃し立て、今度は兵太夫が隙間から手を振った。
「長屋の空き部屋に仕掛けてたカラクリも全部外したよー。布団ももう敷いてきたから、いつでも使える」
僅かしか見えないものの、自慢げに胸を張っているらしい兵太夫に団蔵の表情がうんざりと曇る。本来誰も立ち入ることのないだろう部屋にまでなぜカラクリを仕掛ける必要があったのかと言わんばかりのその顔に、横から金吾が肩を叩いた。
無言のまま同意を見せる友人に団蔵は煌いた瞳で抱きつきにかかるもさらりとかわされ、剣豪見習いの飄々とした目元は乱太郎へと向けられる。
「僕達は手分けして、他のクラスの奴らに今回の件へ一切関与しないように頼んできた。それともしかしたらしばらく委員会に参加出来なくなる事もあるかと思って、六年が不在になる委員会の五年にも同じことを伝えてきたから、この先どう転んでも大丈夫だと思う」
さらさらと紡がれる報告に、乱太郎は満足そうな頷きを返す。しかし抱きつこうとした腕をかわされた団蔵は怨色に富んだ表情で金吾を見つめ、唇を突き出しながら膨れ面を見せていた。
「金吾。俺は今ちょっと、お前のこと嫌いかもしんない」
「はぁ? なにワケの分からないこと言ってるんだ」
恨み言を理解が出来ないと一蹴する金吾に、さらに悔しさが募ったのか団蔵がその場でジタバタと地団太を踏む。それを周囲が囃し、もしくは数人が宥めるのを見ながら、乱太郎は治療を終えたばかりで薬品の匂いが付き纏う手を振り、分かったと目を細めた。
「とりあえず、やらなきゃいけないことをみんなが先回りしてやってくれたのは助かるよ。ごめんね、また騒がせちゃいそうで」
感謝と謝罪を同時に言葉にした乱太郎に、一箇所から楽しげな笑い声が返る。
「そんなの今更今更ー。色を捨てきれないのが僕ら六年は組の良いトコ悪いトコ!」
きゃらきゃらと転がるような声を投げた三治郎の言葉に反論はない。それを全員の総意と理解し、乱太郎は救われた気分で眉尻を下げた。
「それにしても、道に迷って出くわしたってのがいかにも乱太郎達らしいよな。いつまで経っても登校してこないから心配してたら、見事に騒動を持ってきちゃうとことか」
「それに騒動って言っても、今回のはぜーんぜんオッケーだよねぇ。ドす部下さんとは知らない仲じゃないし、助けられるんならそれが一番だよー」
達観した虎若の言葉に続き、楽観的な喜三太の声が喜ばし気に弾む。その子供のようにわいわいとはしゃぐ言葉を乱太郎はいつものことと笑って聞いていたものの、身を起こしたままの白目が困惑しきっているのを目にし、話が断ち切られる予感に襲われた。
そしてそれは時を置かず、現実のものとなる。
「お前ら、ちょっと待て!」
焦りを含んだ声に、室内が水を打ったように静まり返る。
「笑い事で済む話じゃないだろ! 分かってるか!? 俺はドクササコ城に所属してる忍者で、この忍術学園の敵なんだぞ!?」
吐き捨てられた言葉に、全員が顔を見合わせる。その仕草に白目は冷静さを促せたと思ったのか安堵の息を漏らしたが、乱太郎達はその心情を知って尚、あっけらかんと向き直った。
「知ってますけど」
途端、白目の体がパタリと倒れる。
しかしそれも束の間。倒れたかと思ったその次の瞬間には藻掻くようにして起き上がると、心底理解出来ないものを見る目で声を上げた。
「は……はぁああああ!? 分かっててなんでこんなに手厚く助けてるんだ! って言うかじゃあさっきの沈黙は別に正常な思考を取り戻して青褪めたわけじゃなくて、なに言ってんだコイツとでも思っ……あ痛たたたた……」
「あぁほら、まだ縫合して間もないのにそんなに腹筋を使うようなことをするからですよ。薬飲んでください、薬! 血を作ってくれるうえに鎮痛作用もありますから!」
急に動いたために突如として腹を押さえて蹲った白目に、まるで立場が逆転したかのように乱太郎が立腹した様子で紙包と湯呑みを押し付ける。ただし男はそれを渋る調子で見るばかりで、決して手を伸ばそうとはしなかった。
その姿に、あぁそうかと頬を掻く。
「敵かもしれない人間から渡された薬を、そうやすやすと飲めるわけないですもんね」
配慮の足りなさに反省を見せ、まさに渡そうとしていた紙包を開いた。
「この水、少し頂いてもいいですか?」
にこやかに問えば、白目は遠慮がちにこくりと頷く。それを見止めるや否や乱太郎は開いた紙包に指をつけ、事も無げに薬を舐めて見せた。
ただし苦さに顔を顰め、慌てて水を飲み下す。
「っあー、苦い! でもほら、苦いけど毒じゃないですよ。こんなに元気!!」
味覚を通り過ぎた苦みに未だ表情を歪めつつも、無理矢理な笑顔を作って腕を振り上げて見せる。そのある意味献身的とも言える仕草に、男は痛んだままの腹部も忘れて仕方なさそうに表情を和らげた。
「致死量に足らない薬を飲んで安心させるってのは定法だけど、お前ら相手にそこまで斜に構えても肩透かしを喰らいそうだしな。……分かった、そこまでするなら飲んでやるよ。早く癒えるなら、それに越したことはないし」
素直に感謝の言葉を述べるのは気が引けると見える言い草に、気分を害したようでもなく乱太郎の手が優しく薬と湯呑みを差し出す。それを今度は大人しく受け取り、白目は一息に飲み干した。
次の瞬間、あまりの苦さに舌を出した男に周囲からはしゃいだ笑いが沸き起こる。
「それ苦いでしょー。もうちょっと飲みやすくならないか考えてはいるんですけど、なかなか難しくって。あ、蜂蜜でも舐めますか? ちょっとは楽になりますよ」
「舐めるっ!」
乱太郎が戸棚の中から掌に収まるほどの大きさの蜜壷を出すや否や、今度は毒見の必要などないと言わんばかりに急かす姿にまた室内の空気が和んでいく。学園の関与を拒んだことで言わば時間制限つきの立入禁止区域となっている医務室は柔らかな笑い声に包まれた。
そこにまた一つ、静かな足音が近付く。
「やけに盛り上がってるじゃないか。ドす部下さんが目を覚ましたってことかな?」
「庄左ヱ門」
それまでの来訪者達のように走るでもはしゃぐでもなく、まるで普段の生活そのものの様子で顔を覗かせた級長の姿に全員が声を合わせる。
「学園長に、ドす部下さんを匿う許可を頂いてきたよ。二つ返事でね。存分に介抱してやりなさいってさ」
さも当然の如く親指と人差し指で丸を作って見せての言葉に、室内は一層の歓声を上げる。しかしやはりそれを信じられない顔で見回し、白目は再び声を荒げた。
「大川がそう言ったのか!?」
対し、庄左ヱ門は大きく目を瞬き、小首を傾ぐ。
「そうですけど」
その呆気なさに、怪我を負った体は今度こそ布団の上に倒れ込んだ。
「……なんなんだよ、この学園は……。大川は俺達の目の上のタンコブ的な存在で、こっちはあわよくばと常に命を狙ってるんだぞ。俺がわざと怪我をして這入(はい)り込んで、暗殺を企ててるとは考えないのかよ……」
腕で顔を覆い、疲れきった声音でそう吐露する男の言葉に、ようやく揃った六年は組の面々が顔を見合わせる。その中でもやはり白目に一番近い位置に腰を下ろしている乱太郎が困った表情でそれを見下ろし、気が進まない様子で声を掛けた。
「あの、ドす部下さん?」
「……なんだよ」
「先に謝ります。ごめんなさい」
唐突に頭を下げた赤い髪に、腕の下から怪訝そうな目が覗く。それが示す疑問符に敢えて知らぬ振りを決め込み、乱太郎は意を決して軽く手を振り上げた。
夏の蚊を仕留めるよりもはるかに軽い調子で、暖かな手が縫合されたばかりの傷を叩く。
「イ……ッッ!!」
途端、大きな体が腹部を庇うように縮み、声もなく小刻みに震える。それを誰もが哀れみの目で見つめる中、乱太郎だけが大きく溜め息を吐いてしんべヱから受け取った綿入れを男の肩に掛けた。
「ほら、軽く叩いただけでこれなんですから。そんなんじゃ暗殺はおろか、お仲間の手引きだって満足に出来ませんよ。分かったら大人しく介抱されててください。腹部をほぼ真横に斬る三寸もの刀傷があって、しかも背中も打撲痕やら細かい擦り傷やらがいっぱい残ってるんですから。自分からここを放り出されるようなことを口にしないでくださいよ」
自分が仕出かしたことを棚に上げ、嘆息する。恨めしげな視線は真っ直ぐに見上げてきていたものの、光の加減で目の輪郭が捉えられないのか、僅かにずれた場所を睨んでいるため乱太郎にはなんだか可笑しく感じられた。
隣に、木戸から進んできた庄左ヱ門が腰を下ろす。
「それに手負いの忍者が一人乗り込んできた程度では学園はびくともしません。学生だけならともかく、教鞭を執っていらっしゃるのは各方面でも高名な方々ですから。ドす部下さんだってご存知でしょうに、下手に警戒心を煽らないでくださいよ。僕達は騒動慣れしていますし、なによりあなた方とも浅からぬ縁ですからこうして平然と対処してはいますが、他の生徒達に見られたら怯えて闇討ちされかねません。とはいえドす部下さんにとっては敵陣の真っ只中なわけですし、相手をしているのが誰であれ同じなのかもしれませんが……。少なくとも僕らに敵意はありません。安心して身を任せろと言うのが無理なことくらいは分かっていますが、せめて今だけでも露ほどの信頼を預けては頂けませんか」
顎を引き、唇を引き結んだ真摯な瞳が白目を見据える。しかしそれ以上に四方からも感じる視線に男が周囲を見渡せば、目に入る誰もが同じ表情を見せていた。
特に乱太郎の手が細かい傷だらけの手に触れ、切実さを伝える。
「……お前らとはなんだかんだでもう長い付き合いになっちまったけど、ホント、変な奴らだよなぁ」
近所の子供を見るように目元を和らげて呟いた男の体が、言い終えると同時に力を入れて身を起こす。そのまま立ち上がろうと足を立てた姿に乱太郎が慌てて手を添えるも、白目はその手を振り払い、大きく肩で息を吐いた。
「生憎と仕事の途中でな。悪いが、いつまでもこんなところで油を売っていられない。……それに手当てしてくれたことは恩に着るが、俺にとってもお前達にとっても、あまり交流を深めるのはいいことじゃないだろ」
「っ、待ってください! 例えそうだとしても、その体じゃあまだろくに……!」
「乱太郎の言うとおりだ。今は学園の外へ出るべきではないと思うぞ、ドクササコの」
引き止める乱太郎の手から擦り抜けようと男が身を捩った途端、上から降ってきた声にその場の誰もが天井を見上げる。ずれた天井板。そこに先程呆れた顔で自分達を迎え入れてくれた担任教師二人の顔を見出し、安堵した乱太郎は肩の力を抜いて息を漏らした。
「山田先生、土井先生」
「こんなところからで悪いな、乱太郎。なにせ医務室はもういっぱいだ。私達はここから少し話させてもらうぞ」
本意ではないのだと言いたげな土井の言葉に、乱太郎を始めとしたは組の面々もバツの悪い笑みを返す。医務室の中には既に十二人もの男が所狭しと詰め込まれ、もはやこれ以上の来訪者は立ち入れない状況になっていた。
一度咳払い、土井が改めて真剣な面差しで口を開く。
「お前がこの付近で消息を絶ったこと、追手にも知られているようだ。学園の近くを怪しい者達が探っている。見たところドクササコの手の者でもないようだし、殺気立った雰囲気からしても、まずお前を探していると見て間違いはないだろう。今出て行けば、むざむざ命を粗末にするだけと思うだぞ」
「幸いドクササコと忍術学園が敵対関係にあるという情報は伝わっているのか、こちらに逃げ込んでいるとは思われていないようだ。……どうだ、ドクササコの白目忍者。せっかくこの子らが拾った命だ。助けられてやってはくれんか」
位置的な問題で見下ろしてはいるものの、その目は決して大上段から見下すものとは色が違う。それを認識し、白目は眉間を寄せて視線を逸らした。
「あんたら含めて、本当におかしな奴らだよ。俺が潰された方が都合がいいことも多いんじゃないのか」
吐き捨てるように呟かれた言葉に、乱太郎が険しい嫌悪を見せる。
「もう一度傷を叩いてもいいなら続けてください。そういうの、はっきり言って気分悪いです」
「本当のことだろ。……でもまぁ、また叩かれるのは勘弁だしな」
大きな溜め息が落ち、手持ち無沙汰にか前髪を掻き上げる。
「……いいよ、分かった。助けられた分際でこんなことを言うのも可笑しい話だが、そんなに助けたけりゃあ好きにしてくれ」
呆れた口調で漏れ落ちた言葉に、僅かな沈黙が落ちる。
しかし言葉の正確な意味を全員が理解に至ると、それぞれに目を見交わし、歓喜にはしゃいだ声を上げた。
その様子に、天井裏から顔を覗かせていた二人の教師も手を軽く打ち合わせる。
「あぁ、そうだ白目の忍者。分かっているとは思うが、お前がここにいる間、必ず私か山田先生の監視がついていることを忘れるなよ。妙な動きをして、放り出さざるを得ない状況にはさせないでくれ。私達だって子供らに恨まれるのはごめんだからな」
「言われずとも分かってるよ。せっかく考えなしのアホどもが助けてくれるっって言ってるんだ。みすみす殺されるような馬鹿はしない」
土井の諫止の言葉に、再度布団に寝転んだ白目が肩を竦める。それを素直じゃないと笑い飛ばし、伊助が乱太郎の傍に進み出た。
「さ、治療も粗方終わったみたいですし、その格好じゃ今度は風邪をひいちゃいますよ。うちの連中が変装するときに使う着物ばっかりですけど、丈が合えば着てください。ドクササコの忍装束は洗って外から見えない場所に干してありますけど、乾いてもアレじゃあ学園内だと目立って仕方ないですから」
早口に捲くし立て、了承もなしにテキパキと肩幅を合わせていく。その有無を言わさぬ勢いに白目は翻弄され挙動不審に陥るも、体に合うものが見つかったのか、やがて伊助が満足そうに鼻を鳴らして見せた。
「うん、ぴったり! 丈は今は分からないけど、庄左ヱ門や金吾がよく使う着物の肩幅がちょうどですねー。柄も似合うし、これに綿入れを羽織ってれば例え相手が学園を覗いて来たとしても、パッと見ではドす部下さんだと気付かれないですよ」
「ホントだ。これで病人食のお粥かおうどん食べてたら、丸っきり病気療養中の生徒ってことで通用しそうだね」
着物を羽織った白目の姿に歓声が上がるも、乱太郎の言葉にはたと我に返ったらしい金吾が急激に顔色を青く変える。
「まずい。お粥、弱火にかけたままだ! 現状報告してすぐ戻るつもりだったのに忘れてた!!」
「え、それもう吹き零れて中身なくなってんじゃないか!?」
「はにゃ、待って待って! 僕も手伝うー!」
「ちょ、おい! お前が行ったらせっかくのお粥が酷いことになるってば!」
顔面蒼白になって医務室を飛び出した金吾の後を追い、虎若、喜三太、団蔵が続いて退室していく。来訪したときと同様の慌しさに白目が本日何度目かの呆れた目線を向けるも、当事者たる六年は組の面々は日常茶飯事とばかりにその背中を見送った。
「それじゃあ、僕達も失礼させてもらうよ。あまり騒がしいのが長居するとドす部下さんもゆっくり出来ないだろうしね。長屋に移ってもらうのはもう少し薬が効いてからだろ? それまで僕達は長屋全体の掃除と見回りでもしておくよ」
「うん、ありがと。よろしく頼むね」
怪我の具合を気遣った庄左ヱ門に先導されて、やはりぞろぞろと退室していく級友達に手を振る。見上げればいつの間にか担任達も姿を消し、先程までずらされて穴が空いていたはずの天井板は普段の通り、何事もなく閉じられていた。
医務室には乱太郎と白目の他、きり丸としんべヱのみが残される。
「二人は掃除、手伝わなくてもいいの?」
「ん? あぁ、俺達はお前とドす部下さんの護衛ってとこかな」
「安全だとは思うけど、いつ見つかるとも知れないからねー。もしそうなったら担いで逃げられるように!」
「ははっ、二人が一緒だと心強いよ」
決して冗談っぽさを滲ませず、本心からの信頼を見せて二人の肩を叩く。それをどこか不思議なものでも見るかのような目で眺める白目に、乱太郎は居心地悪そうに頬を掻いた。
「あー……えっと。お粥が運ばれて来たらちゃんと起こしますから、今は少しでも寝ていてください。そのほうが薬の効きも早いですし、それに多分、お粥は作り直してると思いますから。お喋りが少しうるさいかもしれませんけど、気にしないでくださいね」
顔見知りと言ったところで、特に親しいわけでもない人間と話すのは気を遣うのだろう。思考の大半を治療に使わなければならなかった先程までと違い、面と向かって話をしなければならなくなった現状では乱太郎はどこかたどたどしい様子を見せた。
そのはにかんだ表情に、白目は子供らしさを見て取ったのか大きく息を吐いて目蓋を下ろす。
「寝かせたいなら喋るなよ。……どうせ体力も限界なんだ。すぐ、寝てやるさ……」
呆れた口調で吐き捨てられた後、静かな呼吸が繰り返される。最初は不自然さの目立っていた息遣いが程なくして自然なそれに変わる頃、三人は目だけで互いを確認し、ふんわりとした喜色を浮かべた。
(以上、序文全文)
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