序


 ぽかぽかと暖かな一日だった。
 暦の上では残暑、例年であればそれが続くはずのその日、陽の光は肌を焼かず、かと言って雲が重く垂れ込めるわけでもない。近付く秋を感じさせるような、そして季節違いを承知の上で表現するのならばまさに小春日和と言える陽気が降り注いでいた。
 緑々とした木の葉も光を激しく照り返して目を刺すようなこともなく、柔らかに揺らいでは薄く色付いた影を落とす。学舎から見下ろせば、その木漏れ日と涼やかな影の中で下級生達が昼寝に勤しんでいるのすら目に入った。
 そしてその愛らしさと陽の温かさに緩んだ表情を曝け出し、だらしなく窓枠に身を寄せて寝入りそうになっている影が三つ。そよぐ風にふわふわと揺れる赤い猫毛と、同じくさらりと流れる長い黒髪。そしてその真ん中では多少の風ごときではびくとも動かない硬い髪が並んでいた。
 その無防備な雰囲気は、とても緊張感と尊厳を持ってしかるべき最上級生の姿とは思えない。
 しかし本人達はそんなことなど気にも留めていないのか、多少汗ばみこそするもののそれすら吹き抜ける風と調和して心地良さを感じさせる気温に、とろとろとまどろみの中で口を開く。
 何事もなく一日の授業を終えた初秋の午後のことだった。
「いーい天気だなぁ……」
 目を閉じたまま、寝ぼけ声できり丸が呟く。正しく寝ぼけているのか時折舟を漕ぐその仕草は、まるっきり最下級生の頃と変わらないようにも見受けられた。
 そしてその呟きを受け、同じく寝ぼけた様子の乱太郎が条件反射的に応えを返す。
「ねー……。しかも暇だしねぇー……」
 ふにゃふにゃとはっきりしない語調で紡がれた言葉に、やはりこれも条件反射なのか二人が同意に数度頷いた。
「こんなんじゃさぁ、僕らが眠くなっちゃっても仕方ないよねぇー」
 最後にそう結論付けたのは、真ん中で一番寝落ちかけていたしんべヱだった。陽気と暇にかまけて自分達の睡魔を正当化する言葉に、残る二人からやはり暢気な肯定が返る。
 それに対して些か不満そうに、背後から声が掛けられた。
「そんなに眠くて暇ならさ、乱太郎達も教室の掃除を手伝ってくれてもいいんじゃない? 正直そこでウダウダやられてると、心っ底邪魔なんですけど」
 僅かに唇を尖らせての棘のある言葉に、未だ眠気の醒めない表情できり丸が振り返る。そこでは掃除という言葉通り、箒を手に憮然として睨みつけている兵太夫と、そして僅か離れた場所では机に雑巾をかけつつこちらを窺っている喜三太の姿があった。
 視線に気付き、乱太郎としんべヱもゆっくりと振り返る。そして目にした友人の苛立った様子に、ようやく掃除時間中だったのだと思い出したらしく誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべた。
 しかし、きり丸はその憤りすらも意に介さない。
「やだよ。だって俺達の当番、明日だもん」
 こともなげに吐かれた正論に、それでも納得は出来ないのか兵太夫の表情が苦々しく歪む。その険悪さを増した雰囲気を察したのか、乱太郎としんべヱが慌ててきり丸との間に回りこんだ。
「きり丸、いくらなんでもそんな言い方はないよ。邪魔しちゃってるのは私達のほうなんだし」
「そうそう。兵太夫だって今日はお昼寝したい気分だって言ってたしさ。近くで僕らだけがのんびりしてたらそりゃ怒るよー」
 きり丸を宥めつつ、全面的に兵太夫を庇う方向に話を進めていく。自分達が明らかに悪かったのだとはっきりと口に出して窘めるその流れに、諭された側も庇われた側も反省と沈静を促されたのか、やがて互いの大人気なさを恥じたように目線を逸らした。
 喧嘩に発展することなく収まった場の空気に、乱太郎が安堵の息を吐く。
「暑いと喧嘩する体力もなくなるけど、こういう過ごしやすい日はちょっと厄介だね。眠いのを我慢してると、我慢した分だけ苛々しちゃう」
 苦笑と共にそう呟かれた言葉に、そうだねぇと同意の声が返る。その声の主はそれまで張り詰めていた緊張感から故意に距離を取っていたのか、へらりと笑って近付いていた。
 手に持った雑巾を手近な机に置き、軽く拭きながらなおも口を開く。
「でもホント、教室の掃除って結構大変なんだよねぇ。しかも今週は僕達、二人だけでここを掃除する当番なんだよ。暇を持て余してる人がいたら手伝って欲しいなーって思うのは、まぁ当然だよねぇ」
 唇をにんまりと猫の口のように吊り上げながら紡がれる言葉に、乱太郎達は苦笑しか返せない。かと言って手伝う気持ちは毛頭なく、これもくじに当たってしまった自分達の役割なのだと諦めてもらうより他はないのだとぎこちない沈黙を落とした。
 そして無駄な愚痴を言っている自覚はあるのか、喜三太もそれ以上は言い募らない。ただ掃除が面倒なことに変わりはないのか、沈黙に痺れを切らしたらしい兵太夫が唸り声を上げて腕を振り上げた。
「あーもー、なんで教室って丸洗い出来ないんだろ! 窓も戸も締め切ってさぁ、そんで上のほうに空けた穴から水をどんどん流し込むんだよ! で、たっぷたぷに貯めきったら最後に外側の壁を全部開いて水を出す! 以上、掃除完了!! みたいな!」
「あ、いいねぇ。兵太夫、今度はそういうカラクリを作ってよー」
 壮大な計画に握り拳を作って力説する兵太夫に、喜三太がはしゃいだ声音で同意と賞賛を送る。あまりにも大胆なその発想にまた無茶なことをときり丸としんべヱが頭を掻く隣で、乱太郎だけは物言いたげに目を泳がせて首を傾いだ。
「いやー、それはどうかと思うなぁ。掃除目的だったわけじゃないけどそれと同じことを昔やられて、大変だったよー?」
 どこか口篭りながらの言葉に、ぴたりと四人が静止する。その無言の空気が絶句であることを知り、乱太郎は自らの軽々しい発言を慌てて悔いた。
 と言ったところで、口から出た言葉を取り消す術はもはやない。
 次の瞬間、堰を切ったように言葉の渦が襲い来る。
「やったの!? なんで!? って言うか僕らそれ知らない気がするんだけど!?」
「ねぇねぇ、どこでやったの? まさか教室じゃないよねぇ」
「いつの話だよ、それ! まさか一人で不運に巻き込まれてたときだとか言うんじゃねぇだろうな!?」
「乱太郎の場合それもあるもんねー。乱太郎、中に閉じ込められて溺れたりしなかった?」
 一言ごとにずいずいと近寄ってくる級友達に、返答の余地さえ与えられずに窓から外に上半身を乗り出す体勢になる。地面の方向を向いているだろう後頭部を風が吹き抜ける感覚と、時を置くにつれ引き攣る背筋に、乱太郎は冷や汗と共に筋肉疲労からくる震えを止めることも出来ず必死にふるふると首を振った。
「ちゃ、ちゃんと答えるから……! その前、に、引っ張って……!!」
 腹筋の震えに伴い、情けなく声が揺れる。しかしそこでようやく乱太郎の姿勢とそれを強いている自分達の体勢に気付いたのか、四人は慌てた謝罪と共に投げ出されかけている体を引っ張り起こした。
 人心地ついた安堵感に、知らず深い溜め息が漏れる。
「あー……さすがに後ろ向きは怖かった……。えっとそれで、やった経緯はね。一年のとき、医務室でやったんだよ。ほら、今もだけどさぁ、医務室ってよく昼寝の場にされがちでしょ? やれ腹痛だー頭痛だーって仮病使って、受けたくない授業をサボったり放課後の昼寝にうってつけの場所なんだよね。だから新野先生も私達も追い返すのに毎回ちょっと苦労してたんだけど、学園長まで常習犯だったんだよ。それでその日は新野先生が外出なさる日だったから、私と左近先輩で頑張って追い返してたんだけど、まー煙幕使ったり水を入れられたり、私達を檻に入れたりさ……。その水を使われたときのことを言ったんだよ。もうね、中がビッショビショ!! 畳もふやけるし障子紙も張り替えになるし、薬もぜーんぶダメになってさー。さすがに温厚な新野先生もお戻りになったあと、善法寺先生……あぁいや、あの当時はまだ善法寺先輩って呼んでたけど。お二人一緒に猛抗議に行ってらっしゃったんだよなー」
 片付けのことを思い出したのか、乱太郎の肩が溜め息と共に静かに下がる。入学当時、保健委員会の長として様々な知識を優しく教え込んでくれた伊作は、いまや医務室の補助医師として学園に身を落ち着けていた。
 その様子に、学園長のやったことなら仕方がないと四人は苦笑交じりに顔を見合わせ、その肩を気安く叩いた。
 その後、兵太夫がふむと物思いに沈む。
「でもそっか、やっぱり畳と障子が問題だよなー。やるなら全部防水仕様にしないと、水を吸って使い物にならなくなるものが出たら逆に面倒なだけかー」
「兵太夫、本気で考えてたんだ……」
 あれこれ思案を廻らせている様子の兵太夫に、やはり一度止めた程度では聞き入れてもらえるわけはないかと思わず引き攣る。
 そんな談笑の中、背後で乾いた音を立てて木戸が開かれた。
「ただいま。教室の掃除はもう終わった?」
 ひょっこりと覗いた三つの顔に、喜三太の口から蛙が潰されたような声が漏れる。顔を見せたのは学園長の庵の掃除当番を割り当てられていた庄左ヱ門、伊助、三治郎の三人だったので、それも無理はない。乱太郎がちらりと目を巡らせただけでもまだ取られていない埃が散見され、しかも拭くべき場所もまだ終わってはいなかった。
 そのうえ手を休めて談笑の体勢になっていれば、真面目な庄左ヱ門と伊助の不興を買うことは容易に想像がつく。
 そしてその予想通り、次の瞬間には眉間を寄せた庄左ヱ門が僅かに視線を尖らせた。
「ダメじゃないか、まだ掃除が終わってもいないのに話したりしてちゃ。今日の放課後は土井先生も山田先生も出張でいらっしゃらないんだから、こういうときこそ周りから何も言われないようにしっかりとやっておかないと」
「それに乱太郎、きり丸、しんべヱも! 掃除してる教室の中にいたら邪魔になる以外ないんだから、ちゃんと廊下に出てないとダメだろ」
 庄左ヱ門の正論に加え、伊助からも叱責が飛ぶ。さすがにこれには逆らう気は起きず、兵太夫達は慌てて箒を持ち直し、そして乱太郎達はすごすごと教室を後にした。
 出た先で、いつもながらにこやかな三治郎がひらひらと手を翻す。
「バッカだなー乱太郎達。掃除当番でもないのに教室の中なんかにいたら、そりゃ怒られるに決まってるじゃないか」
 ケラケラとことさら楽しげに話す三治郎に、やはり反論も出来ず愛想笑いで頬を掻く。そのまま三治郎を含めた四人は反対側の壁に身を寄せ、伊助の目を気にしながら掃除を進める兵太夫達を眺めて清掃終了を待った。
 廊下に出てみれば、そこは放課後特有のどこか浮かれたような騒がしさが学舎を包んでいることに気付く。この時期はどの委員会も小休止を迎えているためか、それともやはり初秋の緩やかな気温も手伝ってのことか、どちらにしろ和やかな風に似た雰囲気に乱太郎は目を細めた。
「ここしばらく、平和な毎日でいいね。学園長の迷惑な思いつきは相変わらずだけど、陰謀ごとや変な騒動には巻き込まれてないし」
「だねー。おかげでおいしいご飯を食べ損ねることもないし、お団子屋さんに行く道でおじいさんやおばあさんが倒れているようなこともないし」
「つっても、平和って言えるのはここ七日くらいのもんだけどなー」
 また襲い来る眠気に、とろとろと目蓋が下がっていく。しかし抵抗など考えもしていないほど従順に呼吸を落ち着けていく三人に、三治郎が後ろから圧し掛かった。
「ってことはそろそろかもね! 面倒事が尻尾振って寄って来るかもよー?」
「ちょっとー、やめてよ三治郎ー」
 ずっしりと圧し掛かる重みに振り返りながら、面倒事の予言は心底勘弁してほしいと眉尻を下げる。それを同意とからかいの笑いが包む頃、伊助と同じく教室を覗いていたはずの庄左ヱ門が何かに気付いた様子で顔を上げた。
「門前当番の三人も帰ってきたね。なんかやけに楽しそうだけど」
「ホントだ」
 声に反応し、はしゃいだ声もぴたりと止まってその視線の先を追う。確かに四つ教室を挟んだ向こう側の階段からは虎若が先頭に立って姿を見せ、背後に目を配りつつ楽しげに話している様子が見受けられた。
 しかし度々背後を見るその仕草に常とは違う違和感を覚え、庄左ヱ門だけでなく、乱太郎達も首を伸ばして目を凝らす。
「あ」
 その中で、級長がいち早くなにかに気付いて声を上げた。
「あれ。しぶ鬼だ」
「へ!?」
 驚きのままに漏れ落ちた名前に、驚愕を隠さず再度近付いてくる人影を見る。背の高い虎若が障害物となって目を凝らしてもよく見えないが、その影からチラチラと揺れ覗く髪色に、本当だと乱太郎が目を瞬いた。
「しぶ鬼だ。それに多分ふぶ鬼達もいる。っていうか、ドクたまが四人揃って来てる!」
 いかに普段から懇意にしているとは言っても、曲がりなりにも敵対勢力の直属学校であるドクタケ忍術教室の面々が学舎の中にまで足を踏み入れたことはない。しかしチラチラと覗き見える見慣れた髪色や、私服らしいその着物の色は間違いようもなくしぶ鬼達ドクたまを示していた。
 唖然と目と口を見開く乱太郎達の前に、当然のような顔で彼らをここまで案内してきた虎若達も、そしてその後ろから顔を覗かせたしぶ鬼達もまるで普段と変わらない様子で手を上げる。
「よっ、乱太郎」
 ニィと唇を吊り上げたしぶ鬼、どこか三治郎のそれと似た笑みを浮かべているいぶ鬼、相変わらずどこか困ったような表情に見えるふぶ鬼、そして最後尾から手を振ってひょっこりと山ぶ鬼が姿を見せる。それぞれに私服時に見せる素顔を晒す中、ふぶ鬼だけが常のように赤いサングラスをかけていた。
「ど……どうしたの四人とも……。って、いくらなんでもこんなところに来ちゃダメだよ! ここ、忍たまの学舎だよ!? 合同文化祭の時だってここまで入れたことはないはずだし、それにそこの三人も!! なんでこんなとこまで案内しちゃってるのさ!」
「え、あ……いや……」
 問い詰める語調に、虎若をはじめとした三人の視線が泳ぐ。しかし乱太郎だけでなく庄左ヱ門ときり丸からも仔細を問うような厳しい目線を向けられたことに気まずさを感じたのか、やがて乾いた笑いと共に団蔵が口を開いた。
「その。掃除してたら、しぶ鬼達が来てさぁ。とりあえず用件を聞いたら、六年は組全員に用事って言うから……うん。……つい連れてきちゃった!」
「ついって、お前らなぁ……」
 軽い謝罪を含ませているつもりなのか不意に明るさを増した声音に、きり丸が眉間を押さえる。
「大丈夫だって。ちゃんと入門表にもサインしたし、小松田さんにも許可取ったから。授業も終わってるし、騒がなかったら大丈夫ですよーって言われた」
「許可を出したのが小松田さんっていうのがまた、不安を誘うねぇ……」
 へらりと気楽に返してくるしぶ鬼の言葉に、しんべヱも複雑そうに眉間を寄せる。しかしそのやり取りをものともせず、ただ一人庄左ヱ門だけはふむと頷いて教室へと声を投げた。
「二人とも、それに伊助。そろそろ掃除は終わりそうかな。ドクたま達が来ててね、廊下で堂々と話すっていうのも落ち着かないし、ちょっと教室を使いたいんだけど」
 淡々と現状の改善を図っていくその姿に、ドクたまを含めて思わず無言で見守る。そんな自分達の視線など気付かぬ振りで教室内の伊助と会話を交わす庄左ヱ門に、乱太郎がやれやれと眉尻を下げた。
「庄左ヱ門ってば」
「今日も元気に」
「冷静だねぇ」
 乱太郎、きり丸、しんべヱの言うお決まりの台詞に、やはりお決まりの様子で同意の笑いが漏れる。その声にようやく振り返り、庄左ヱ門はにっこりと手招いた。
「お待たせしましたお客人。ようやく準備も整いましたので、ご遠慮なく中までどうぞ。火の気もないため粗茶をお出しすることが出来ませんが、話すだけならごゆるりと」
 芝居がかった口調と恭しく頭を垂れる姿に、数人が目を見交わして肩を竦める。庄左ヱ門のこういった口調はなにか騒動を予感したときによく出るんだときり丸がしぶ鬼に耳打つと、正解すぎてなにも言えないと喉が揺れた。
 ぞろぞろと、廊下で待機していた面々が室内へと入る。つい先刻まで清掃途中で埃っぽく感じたそこは、伊助の指示の賜物か、随分とすっきりとした空気が満ち満ちていた。
 ただし室内に入ったのは、総勢十五名。
 さすがに立ってばかりではあまりに狭いとの理由で、急遽、机を縦に三つ連結させる。その巨大な机を囲む形で腰を下ろし、多少狭そうにしながらも乱太郎が改めて口を開いた。
「でもホント、私服とは言ってもよくこんなところまで来られたね。まだ校舎の中には忍たまがいっぱいいたでしょ? 後輩達の中には、ドクたまの顔を知ってる子達だって多いだろうに」
「あー、まぁそれに関しても平気だったな。ドクタケ忍者隊やドクタケ本城と違って、俺達ドクたまは忍術学園に直接なにかしたことはないから。ドクたまって分かったらしい奴らも何人かいたけど、普通に名前を呼んで挨拶してくれたよ。石や手裏剣を投げられるようなことはなかったなぁ」
 冗談のつもりなのかケラケラと笑い飛ばすしぶ鬼に、本来であればそうされても可笑しくはなかったはずだと隠れて冷や汗を掻く。そんな心情を察したのか、それともほんの僅かな唇の引き攣りに気付いたのか、横からいぶ鬼が口を挟んだ。
「でもそうやって普通に接してくれたのは、きっと金吾達が一緒にいたからって理由が大きいんじゃないかな。僕達の親交が深いのは忍術学園の中でも今じゃ知られきってるみたいだし、やっぱりなんと言っても破天荒が売りの六年は組だしね。普通だと考えられないようなことでも許容させちゃう雰囲気があるんだと思うよ」
「それを別の言葉で表現すると、諦められてるって言うんだろうけどな」
 せっかくのいぶ鬼のフォローを台無しにしかねない金吾の発言に、虎若と喜三太がほぼ同時に膝をつねり上げる。爪の先で捻られるその痛みに声すら上げられず悶絶した姿をあくまでも自然に見える仕草で隠し、きり丸が机に身を乗り出した。
「色々やらかして怒られてるの、後輩にも見られてるしなー。そのせいでやんちゃな連中には尊敬されたりもするけど、これはこれで辛いんだぜー?」
 辛いと言いつつどこか自慢げな顔に、後輩との惚気かと冷やかしが飛ぶ。それをやはりまんざらでもない顔で受け止め、きり丸はひひっと小さく声を漏らした。
 それを楽しげに眺めつつ、ふぶ鬼がサングラスの奥で目元を和らげる。
「例え僕らが来たことで多少の面倒が起こっても、は組が関わってれば大丈夫だと思われてるってことだよ。勿論、ここでそんな騒動を起こすつもりは毛頭ないけどね」
「それにしても、やっぱり男女で棟が分かれてるのって羨ましいわー。女の子が少ないと、なかなか細かいことまで配慮されないことが多いのよね」
「えー、大丈夫だよ山ぶ鬼。そういう時は遠慮しないでちゃんとみんなに言ったらいいんだよ。女の子は僕達男より色々繊細なんだから。はっきり言ってくれる方が、男も気を遣いやすくて有り難いんだよー」
 机に頬杖をつき不貞腐れた愚痴をこぼした山ぶ鬼にも、すかさずしんべヱがフォローを入れる。さすがは常に許婚と接しているだけあって、こういう話に対する返答の仕方は慣れたものらしいとドクたまが安堵の息を吐いた。
 そんな談笑を眺めつつ、そろそろいいかなと庄左ヱ門が首を傾ぐ。
「和やかな午後の談笑もいいとは思うけど、そろそろ話を聞かせてくれるかな。わざわざ六年は組全員をご指名とのことでここに来てくれたんだ。……なにか相談があってのことだろ?」
「うん、さすがは組の級長。ご名答」
 指摘に表情を緩めたしぶ鬼が、ちらりと残りの三人にも目を配る。途端いそいそと座を正し始めたドクたま四人に、否が応にも室内に緊張感が満ちた。
 思わず生唾を飲み込み、動向を見守る。その中で互いの姿勢を確認したしぶ鬼が、やがて向き直って表情を引き締めた。
「ドクタケ忍者六名が何者かに攫われた。……忍術学園六年は組に、その救出の手助けを依頼したい」
 一大決心の様相で口にされた言葉に、しばらくの沈黙が落ちる。しかしその静けさにも微動だにせず返答を待ち続けるしぶ鬼達に、は組は声を揃えて大音声を上げた。
「はぁあああ!?」
 室内に反響した声が、学舎をも揺るがせる。開かれたままだった窓の外からは声に驚いたらしい鳥が慌てた様子で飛び立ち、葉掠れの音が騒然とする雰囲気に色を添えた。



(以上、序文全文)