――― 探捜子守唄





 重く立ち込めた雲と、今にも降り出しそうな雨の臭いが濃厚な昼下がりだった。
 全ての授業を終え、学舎内の窓から空を見上げたタカ丸が困った表情で首を傾ぐ。見つめる先の空は暗く、よりによって耳には遠雷の音までが届いていた。
 せっかく今日は外で委員会活動できる日だと思っていたのにと落とした溜息を、つまらなそうに蹴り飛ばす。
 この日の委員会予定は焔硝蔵内に保管されている火薬を全て外に出して乾燥を促し、在庫の確認をすると共に火薬の品質保持も同時に行うというものだった。
 陽が照ってさえいれば、在庫確認の後に火薬を乾す間は皆で菓子でも摘もうという話になっていたのにと、紫闇の学年装束にしては些か大人びているはずの頬が空気を孕む。
「みんなで食べようと思って、ヨモギ餅を買ってきてたんだけどなぁ」
 あまりにその時間が待ち遠しすぎて、昼休みに買いに走ってからというものずっと持ち歩いていた竹包みをそっと撫でる。先ほど教室の外でばったり出くわした綾部にしつこく強請られても死守したそれを残念そうに見つめながら、黄金に近い稀有な髪色がまた溜息を吐いた。
 とはいえ、天に文句を言っても仕方がないと肩を竦めて歩き出す。予定が変更を余儀なくされた以上はまず委員長代理に指示を仰ぐのが得策と考え、タカ丸は未だ拗ねたような足取りのまま五年生の教室へと歩を進めた。
 異常を察したのは、一つ上の階に到達した直後だった。
 終業の鐘はとっくに鳴っているというのに普段の終業後の閑散とした雰囲気はなく、むしろざわついた気配が渦を巻く。一体なにごとかと思って角からひょっこりと顔を覗かせれば、不安に顔を曇らせた見慣れた三人が、騒々しいい組の教室を窺うように中を覗いていた。
 足音を殺しながらも、慌てて傍へと駆け寄る。
「鉢屋君、不破君、竹谷君。五年い組、なにかあったの?」
「タカ丸さん」
 出来る限り小さく声を掛けたタカ丸に、呼ばれた三人が面食らった様子で振り返る。教室の中では微かな討論のような声が続き、その中でも、学級委員長である勘右衛門の声がより一層響き渡っていた。
「だからっ、心配なのは分かるけど木下先生にも言われただろ!? 兵助を信じてるなら、俺達はここであいつを待つ義務と責任があるんだよ! みんなだって兵助の実力は知ってるだろ!? 信じて待つのも忍びの仕事なんだ。もし仮にこれが戦場だと考えてみろよ、しんがりを任せた一人の帰還が遅い程度のことで本陣内の忍び衆が浮き足立っていいと思うか!? 俺達に出来るのは信じて待つこと、それだけなんだって! 頼むからみんな落ち着けよ! 俺だってホントは、今すぐ飛び出して行きたいほど心配なのは一緒なんだぞ!」
 泣き出しそうな声で周囲のざわめきと勇み足を宥め続けるその声に、三郎が小さく舌打つ。学級委員長が心情を吐露してどうすると苛立たしげに漏れた言葉に、雷蔵が肩を叩いて諌めた。
「勘右衛門のは三郎のやり方とは違うよ。お前のは全員の理性を促すやり方だけど、あいつのは全員の心情を代弁するやり方だ。お前まで苛立っても、ここを動けない限りどうしようもないよ」
 声音だけ優しくも、その眉間が悔しげに顰められたことにいよいよ異常を感じ取ったタカ丸の表情が緊張に強張る。それを見遣り、八左ヱ門が戸惑い気味に目を泳がせた。
「詳しく話せるほど、俺達も現状を理解しているわけじゃないんですけど……。い組が今日、半日実習だったんです。確か、どっかの城の周辺事情を探ってくるかなんかの……」
「よせよ、タカ丸さんに言ったって仕方ないだろ!」
「タカ丸さんだから言うんだろ」
 制止の言葉と共に肩を掴む三郎の手を叩き落とし、八左ヱ門が視線を尖らせる。
「兵助のことを気にかけてくれてる人に対して、俺達が一存で内緒にしておく権利なんてあるか?」
 睨みつけるような目に、返す言葉もなく三郎が僅かに引き下がる。それを横目に見ながら、雷蔵は申し訳なさそうにタカ丸に向き合った。
「すみません。木下先生から僕達まで手出しを禁止されてしまったせいで、三郎の奴、少し気が立ってて。……それで兵助なんですけど、今回の忍務では最後尾を任されていたらしいんです。タカ丸さんももう習ったと思いますけど、進入時に危険なのは先鋒、撤退時に危険なのがしんがりです。勘右衛門が先鋒を任されていて、帰還する同級生を待っていたらしいんですけど、半刻経っても兵助だけが、戻らないって話らしくて」
 雷蔵の言葉尻が下がると同じくして、三人の目が苦々しく伏せられる。その言葉にタカ丸は首筋が総毛立つような怖気に襲われた。
「……木下先生は、まだ中においでなの」
 震えた声に、三郎が首を振る。
「門前で待つと仰って、ここをお離れになりました。だから中には、い組の連中だけです」
「そう、分かった」
 それだけ告げると、タカ丸の手がい組の教室の扉にかかる。それを目にし慌てて制そうとする腕を振り切り、そのまま勢いよく木戸を引き開けた。
「尾浜君、少しいいかな」
「っ、タカ丸さん!?」
 突然の来訪者の第一声に、名指しされた勘右衛門だけでなく教室内で未だざわめいていた生徒達までもが面食らった様子で注視する。それを知らぬ顔でずかずかと教室内に踏み込み、タカ丸はその眼前で詰め寄った。
「久々知君、どこの城から帰らないの? 最後に見たのってどの辺りかな」
「どこのって……。言、言えるわけないじゃないですか! 授業の一環とは言っても、これはれっきとした忍務内容です。いくら同じ学園の人間にでも、部外者に漏らすわけにはいきません!」
「今この場にいる人間の中で、僕だけが自由に動けても?」
「それでも! ……特にタカ丸さんは、四年とは言っても今年入ったばかりの忍たまじゃないですか。もし仮に兵助が相手に捕まってたとしたら、そんなところにタカ丸さんをやるわけには行きません。それこそ俺達みんな、兵ちゃ……兵助本人に怒鳴り散らされますよ。……そりゃあ心配してもらえるのは嬉しいですけど、俺達はそれに甘えるわけにはいかないんです」
 ありがとうございますと締められた言葉と共に、情けなそうにしゅんと項垂れた勘右衛門を見下ろしてその肩をそっと叩く。慰めるような拍子に泣き出しそうな顔を上げたその耳に、タカ丸はそろりと口を寄せた。
「どの方角かだけ教えて。せめて、どこかで怪我していないかだけでも見てきたいんだ。無茶はしないって約束する。……頼むよ。僕も今心配で、いてもたってもいられないんだ」
 小さな囁きとは逆に、勘右衛門の肩に置かれたままの手に力が篭もる。気を抜けば爪を立ててしまいかねないほどの切実さをどうにか平静なまま伝えようと搾り出された声に、勘右衛門は唇を噛んでタカ丸を見上げた。
 真偽を問う瞳に、お願いともう一度呟く。
 その小さな声を聞きしばし沈黙した勘右衛門は、やがて僅かに唇を噛んだ。
「……申酉です。兵助を最後に見たのは学園から申酉に向かった、二里ほどの辺りだと報告がありました」
 鉛のような重たい言葉に、ただ短くありがとうとだけ呟いて踵を返す。そのまま早足で長屋へ向かおうとするタカ丸に慌てて手を伸ばした三郎に、気配だけで振り返ってにこりと笑みを見せた。
「大丈夫だよ、少し辺りを見回ってくるだけ。さっき尾浜君にも約束したし、無茶はしないよ。……でももしその先に久々知君がいたら、絶対連れて帰ってくる。手がかりを見つけたりしても一人で先走ったりせずに、すぐに戻って先生達に報告するよ。約束するから、鉢屋君達はここで待ってて。じゃあ行ってきます!」
 それだけ言い置くと、後は振り返りもせずにまずは長屋へと走る。学舎内には既に教師は元より生徒の数すらも疎らで、全力で駆け抜けたところでもはや見咎める影はない。それでもそこから長屋へは、万一にも誰かと接触して要らぬ時間を取られぬようにと極力注意を払いながら廊下ではなく地面を駆けた。
 叩きつけるように引き戸を開け、抱えていた竹包みを卓上へと放り出して忙しない仕草で外出用の普段着に袖を通す。袴の帯もまだ結び終わっていないような有様で部屋を出、躓きながらも担任の下へと向かった。
 町への買い物を理由に、外出許可を得てまた走る。門前で掃除をしている編入以前からの顔見知りに外出届を押し付けるように手渡し、行ってらっしゃいと笑う声を背後に聞きつつ西、その僅か南を目指した。
 門の外で壁に凭れるようにして帰還を待つ件の担当教諭に一礼し、そのまま駆け抜ける。自分を一瞥した目が物言いたげに形を変えたことにもしかしたら目的を悟られたかとも思ったが、もう構ってなどいられなかった。
 およそ半里ほど行った付近で町に出、そこを足早に擦り抜け森へと分け入る。町を離れれば途端に人の往来も少なくなり、茶屋も点在する程度。その人気のなさを見計らって道祖神の脇に腰を下ろし、水を飲む振りをして耆著で方角を確かめた。
 学園のある山を遠くに仰ぎ見、現在までのおよその距離を測る。そこから耆著を見直し、ほぼ真西に進んできていること見て取った。
「申酉に進むなら、もうちょっと南に進まなきゃいけないけど……そうなると、道らしい道は行けないなぁ」
 頬を掻き、広がる森へと目を移す。道は東西を貫くように走り、南へ逸れるならそれこそ獣道を通るほかはない。しかしそうなると仮に辺りに警備の足軽がいた場合に、どう言い訳をしたものかと眉間を寄せた。
 目を凝らしても森の中に物見櫓の類は確認出来ないが、なにぶん経験の浅い自分の認識では些か信用に足りない。けれど持ち前の適用力で、まぁ見つかったときはどうにか切り抜けられるだろうと楽観的に頭を切り替えた。
 道と森を隔てる境界線を越え、木々の隙間をすべり歩く。地面を見ればそこかしこに残っている狸や猪の足跡に、ここは正しく獣道らしいと苦笑した。
 低い場所に伸びる枝葉を避けるように、体を屈めて辺りを見回す。
「……久々知くーん、いますかー?」
 小さな声で呼びかけながら、返答など期待もせずにそろそろと足を進める。人の気配は今のところ感じられず、近くに城がある気配も、警戒のための罠がある様子もない。それでも探し人が最後に目撃されたというこの付近を捜索しないわけにはいかないだろうと眉間を寄せ、せめて手掛かりの一つでもないものだろうかと溜息を吐いた瞬間だった。
「わ、わっ!?」
 なにかに足を取られ、見事にその場に倒れ込む。
 ずしゃという砂利の音と共に鼻を擦り剥き、情けない声を漏らす。足元を見れば爪先は結ばれた草に絡みつかれ、ちょうど尻から下の辺りにはいつの間に落ちてきたのか網が掛かっていた。
 明らかに獣用の捕獲罠に、こんなものに掛かってしまったのかと苦笑が漏れる。
 無理に引き摺らないようにと慎重に網と草罠を外し、安堵の息を吐く。しかし胸を撫で下ろして不意に視界を廻らせたとき、タカ丸の目が見開き、慌てたように腕をバタつかせた。
 這いずるように、一心不乱に七間ほど先を目指す。逸らすことなく見据えた先には、もう見慣れてしまったしなやかな漆色の癖毛が藪に隠れるようにして草の上に広がっていた。
「久々知君!」
 ようやく見つけるに至った探し人の姿に思わず大きく声を投げ、這い寄る。しかしその声に返答はなく、藪の隙間から覗き見えたその目蓋が力なく下ろされているのを目にし、タカ丸はますますもって混乱で顔を青褪めさせた。 「どうしたの久々知君! ねぇ、久々知君って!」
 目を閉じたまま動こうともしない体を抱きかかえ、温かなその頬を数度打つ。忍び装束は着ているものの頭巾の外されたその姿に、一体何が起こったのかと動転する目が狼狽のままに視線を泳がせた。
 先刻会ったばかりの面々と同じ、濃紺の忍び衣装。しかしその袴の先、忍び足袋の足首の部分に頭巾と思しき濃紺の布が巻きつけられ、あまつさえその内側から濃い赤が滲んでいるのを目にしてタカ丸はきつく眉間を寄せた。
 また一度、腕の中の名前を呼ぼうとして口を閉じる。見下ろした場所にある目蓋が微かに震えるのを見止め、思わず息を詰めた。
 小さな呻き声を伴い、やがて細く瞳が開く。
「……気が付いた?」
「…………タカ丸、さん」
「うん、迎えに来たんだ。早く学園に帰ろう」
 未だ夢見心地から醒めない様子でとろとろと首を傾ぐ兵助に微笑み、一度腕から離して背を向ける。言外に負ぶさることを促すその背中に抗うことなく体を預ける重さに、ほぅと安堵の息を漏らした。
 立ち上がればずれ落ちてしまいそうな足を抱え直し、出来ればこのまま森の中を通りつつ人目を避けて帰った方が得策かとゆっくりと進む。
「雨が降る前に見つかって良かったよ。尾浜君を筆頭にい組のみんなも、不破君も鉢屋君も竹谷君も物凄く心配してたんだ。……もしかしたら捕まったんじゃないかって不安がってた。怪我して動けなかったんだね」
 出来る限り静かに声を紡ぐことで、興奮させないようにと気を遣う。ただでさえ目を覚ましたところで急激に血圧を上げさせるのも可哀想だと思い遣ったその言葉に、背負われている兵助は眠気も飛んだ様子で申し訳なさそうに言葉を濁した。
 それに関しては少し誤解がと口篭る声を不審に思い、どうしたのと首を回せる範囲で振り返る。
 視界の端に移った表情は、なにかを恥じ入るように目元を赤らめていた。
「誤解ってなにが?」
 改めて問い直せば、さらに言い辛そうに目を泳がせる。それを笑って受け入れ、別に冷やかしたりしないのにと柔らかに表情を緩めた。
 本当ですかと問いかける声に、二つ返事で肯定する。
「それに僕に言わなくたって、学園に帰ったら嫌でも言わなきゃならなくなるよ。さっきは尾浜君達を挙げたけど、木下先生だって心配して、門の前で待ってらっしゃるんだから。どっちにしろ帰還の遅れを報告する義務はあると思うよ」
「ゲッ。……そこまで心配かけてます?」
「かけてるねぇ。い組のみんなは探しに行こうっていきり立ってたし、それを宥めてる尾浜君は泣きそうだった。鉢屋君もピリピリしてたし、不破君と竹谷君も不安そうで見てられなかったよ。罪作りだねぇ久々知君は」
「勘ちゃ……勘右衛門、帰ったら激怒しそうだなぁ……。アイツあぁ見えて、心配した分だけ、あとで激昂するんですよ」
「んー、でもそこは甘んじて受けてあげなきゃいけないと思うなぁ」
 どうしたものかと苦悩する声をあえて笑い飛ばし、それで何が誤解なのと再度問い掛ける。その声に諦めたような溜息を吐き、兵助はくったりと頭をタカ丸の肩に預けた。
「いやー……ホントに、くだらないミスなんですよ。もうここは実習先の城の領土から外れてるんですけど、みんなが無事に先へ進んだのを見届けて気が抜けたというか……。帰ったら夕飯まで少し時間があるから、なにか団子でも食べに行きたいなとか考えながら駆けてたんです。この時点で五年生にあるまじき緊張感のなさなんですけど、そのせいで足元にあった小型のトラバサミに気付かなくって。見事に足をやられたという」
「トラバサミ!?」
 思いがけず凶悪な狩猟用罠の名称に、タカ丸が堪らず悲鳴じみた声を上げる。しかし当の兵助はそれをなんでもない風にはいと肯定し、やはり恥じ入るように頭を掻いた。
「まぁ、大型用のじゃなかっただけ不幸中の幸いなんですけどね。幸い足の骨が砕けたりはしてないんで」
「いやいやいや、小型のだって充分マズいよ! 帰ったら早く医務室行かないと!」
「へ? いえ、とりあえず止血はしましたし。それに刃にワスレグサの汁での塗ってあったのか、やたら眠くなりまして。おかげさまで今は痛みも感じてませんし、そこまで心配してもらうほどのことでは」
「心配するよ! 久々知君は楽観的過ぎるんだって!!」
 噛み付くように声を荒げ、負ぶった影が怯んだ気配を察しながらズカズカと道なき道を行く。確かに忍者の勉強を始めて日の浅い自分では理解の及ばない常識もまだ多いものの、この件に関しては一般常識と同一視してもいいはずだとタカ丸は肩を怒らせた。
「怪我は出来るだけ早く治療してもらうに越したことはないんだよ! 今は痛くなくても、麻痺だか薬の効果だかが切れたら物凄く痛くなるのに変わりないし、そうなってから慌てても遅いってことは僕にだって分かるんだからさ! これ以上心配させるっていうのはね、ちょっと酷い所業だよ!? 僕だってね、もしも君が捕まってたりしたらどうしようか時が気じゃなかったんだから! みんなにも大人しく怒られて、ついでに医務室でも怒られ……!」
「心配、してくれたんですか?」
 怒りの言葉を遮るように背後からポツリと落ちた言葉に思わず息を詰め、そりゃあそうだよと不貞腐れた表情で眉間を寄せる。その拗ねたような声色が可笑しかったのか次いで零れた含み笑いに、なにさと唇を尖らせた。
「……言っとくけどね久々知君、僕だって心配した分、今の君の発言にはちょっと怒りを感じてるんだよ」
 不機嫌を隠さず愚痴れば、また後ろから笑が漏れる。一体なにがそんなに可笑しいのかとなお不愉快さを募らせるタカ丸の背中に、兵助は甘えるように額を寄せた。
「分かってます。分かってるから笑ってるんです」
「……分かんないよ」
「不謹慎な喜びに浸ってるだけです。……帰ったらあなたの言うとおり、ちゃんと皆に成す術なく怒られまくって、そのあと医務室でも再度怒られてみせますから。帰るまでの間だけ浸らせてくださいよ。思慕する相手に心配されるっていうのは、存外に嬉しいもんなんです」
 未だ楽しげに肩を揺らして甘える温もりに、呆れも通り越して湧き上がっていた怒りすら霧散する。そのうち感情が一周してしまったのか頬を緩めていく愛しさに、ホントに君も仕方ない子だねと笑ってみせた。
 空の雲は未だどんよりと低く垂れ込めているものの、雨が降る気配はない。それを見て、もしや今頃は予定通り委員会が行われているのではないだろうかとちらりと思考によぎる。
 しかし今更急いで帰ったところで少なくとも半刻は掛かり、そうなると委員会は遅刻どころか、下手をすれば無断欠席という有様になる。とするならば、きっと顧問と残された下級生達は困惑顔で小さな愚痴と心配を交互に呟きながら作業をこなしているのだろうと予測が立った。
 ならば怒られるのは自分も一緒だと苦笑し、それもまぁ一興だと目を伏せる。
「あとであのヨモギ餅、皆に配って歩かなきゃ」
 小さく小さく呟き、一人笑む。抱きついたままいつの間にか静かになってしまった背中の重みに、どうやらまた睡魔に手を引かれていったらしいと、タカ丸は子守唄を口ずさみながらどの道を辿って帰ろうかと思考を巡らせた。



−−−了.