さてではこの役割がなんのためにこの学園内に割り振られているのかの説明からしてやろうと膝を叩いた大木は、室内に車座を描いた教え子達を見回した。
室内とは言っても、まだ日も沈まぬ昼間であることから扉を締め切ってもいない。従っていつ誰に聞かれるかも分からないが、まぁその時はその時だと豪快に笑ってみせる担任に、もはやそんなものなのだろうと割り切った様子の生徒達もさして気にした様子を見せなかった。
むしろ陽の高いうちから扉を締め切り、せっかくの明るさを締め出した上で火を灯すことのほうがよっぽど罪悪だときり丸が息を巻く。
それを各自が笑って宥め、とにかく説明に聞き入ろうと大木へと視線を向けた。
興味津々と言った様子で輝く十一対の目に、豪快な口元も楽しげに歪む。
「学園長からのお話を、庄左ヱ門を覗いてほとんどの者が理解していないのが悲しいところだがな。まぁ私からもう少し噛み砕いて話してやろう。ようはお前達にやってもらいたいのは、学園や生徒達の周囲で起こる怪異の退治や、それに関連する問題の解決役だ。単純な話だろう? 元々妖怪や幽霊だと聞けば興味本位で関わる事の多かったお前達だ。なにも今までと変わらん。その特性に、わざわざ役割という名前をつけただけのことだよ」
まずはそこまでを理解しろと笑った大木の言葉に、並んだ頭がそれぞれに数度頷く。それを満足げに見遣り、さて次にと再度唇を開く。
「さらに、この役割を担うのはお前達が最初なわけじゃない。お前達の知っている代から言えば、七松や潮江のいた学年、そして鉢屋、不破のいた学年。そしてついこの間までこの役を担っていたのが現六年の伊賀崎や富松達だ。本来ならばほとんどの学年が代替わり制でこれを担うんだが、残念ながら平や田村のいた学年と、現五年は四人しかいないだろう? 【よん】の字は【し】とも読むんでな、縁起が悪いってことで代替わりさせなかったんだ。……それに、そういった方面に通じてる奴もいないからなぁ」
ぼそりと付け足された言葉に、全員が耳聡く反応する。次の瞬間一斉に挙げられた手に、大木は思わず苦笑してみせた。
質問のために挙げられた手でも、どうせその内容は全て同じだろうと判断し、無難に庄左ヱ門を名指す。すると不平そうに頬を膨らませる者が多い中、どこか誇らしげに庄左ヱ門が座を正した。
僅かに前へ乗り出し、興奮気味に口を開く。
「そういった方面に通じるというのは、一体どういった方ですか? うちのクラスでは山伏として霊能もある三治郎が該当するとは思うのですが、先程列挙なさったほかの先輩方の中にもそんな方がおいでになったんでしょうか」
大きな目を瞬きなしで見つめてくる庄左ヱ門に、さすがいいところを突いてくると大木の口が緩む。他の者も同じ質問かと問いかければ頷く十の頭に、興味のあることに関しては相変わらず鋭いなと笑った。
いいだろうと笑み、膝を打つ。
「まずはお前達が一年の頃最上級生だった、七松達。ここに関しては少々特殊でな、別段そういった筋を持っていたりするわけじゃなかった。が、六人がそれぞれによく視る体質でな。幼い頃から怪異を見たり、あちらから話しかけられたりすることが多かったそうだ。勿論そのせいで昔は危ない目にも遭っていたそうだが、そのおかげか各自が対処に慣れていてな。ある意味では、平凡であるが故に強かった。中在家はよく文献を読んでいたし、陰魔羅鬼を相手にしたときは丁寧に経を読んでやったりもしていたな。まぁ、七松なんかはうぶめの子を抱いてからあの馬鹿力が備わったと言ってたし、多少は化生の力があったのかもしれんが」
からからと笑う大木の言葉に、衝撃を受けたような顔が並ぶ。
「うぶめって、子供を抱かせてくるっていう妖怪ですか? あれは確か、そのうち潰されちゃうんじゃなかったですっけ」
「うん? あぁ、まぁそういう話もあるな。だが一部では、子を抱くと怪力が備わるという話もある。七松の場合はそちらだったのかもしれんぞ」
質問を投げた乱太郎に、にこやかに返答する。その会話を尻目に、あの化け物じみた体力はやはりそういった経緯で培われたものだったのかと戦慄している金吾を、周囲が笑いながら慰めた。
それに同じく笑いながら、では次に移ろうと大木の目が室内を見回す。
「とはいえ、次と言っても話せることは少なくてな。鉢屋達の学年で筋に通じているものは鉢屋と尾浜だったんだが、諸事情あって詳細を話すわけにはいかんのだ。あと、現六年の伊賀崎に関してもな。まぁ三人とも直接問えば忌憚なく話してくれるとは思うが、第三者が了承も得ず話すには少々憚られる話だ。とはいえそれだけでは面白くないから、奴らの武勇伝の一端でも話してやろう。なにがいい? 鉢屋が貉が化けたのっぺら坊と顔の早替え勝負をして泣いて帰らせた話か、久々知が一つ目小僧と豆腐談義で白熱した話か。それとも狸に道を迷わされかけた神崎が見事全て逆に行って無事に戻った話か、静か餅の音が遠ざかるのを聞いた三反田が慌てて追いかけた話か」
思い出し笑いに肩を揺らす大木に、その時点で既に面白いので後でご本人に聞きに行ってきますと庄左ヱ門の声が返る。それに些か面白くなさそうに唇を尖らせた担任を可笑しそうに見遣り、今度はきり丸が手を挙げる。
珍しく自主的に質問の意欲を見せたきり丸に、大木の目が見開いた。
「なんだ、珍しいな。質問はこれ一つだと高を括っていたんだが、なにか他にあったか?」
「いやいや、大木先生。俺だってたまには疑問の一個や二個は浮かぶもんなんですよ」
へらりと笑ったきり丸が、茶化した様子で手の平を翻す。確かに決め付けるのは少々可哀想な話だったかと頭を掻けば、多分誰もが思ってることなんでしょうけどと前置いた。
「みんな最初に頭に浮かんだとは思うんすけど、誰も言ってないから言っちゃいますね。大木先生、これって忍者の勉強となんか関係あるんですか?」
純粋に投げられた疑問に、ほうと大木が感心したように表情を緩める。他の十名に関しても口に出すことを戸惑っていたのか、言葉にしてもいい話題だったのだろうかと顔を見合わせるのが目に留まった。
やはりこの学園で学ぶだけあって、そこが気になるのかとにぃと唇を吊り上げる。
「簡単に言えば、関係はある。それも多大にな」
いっそ挑発的に告げられた言葉に、否が応にも興味をそそられたのか全員の体が僅かに前へ進み出る。相変わらず好奇心だけは人一倍だと笑い、大木は僅かに困った様子で頬を掻いた。
忍の一派がなと唐突に始まった言葉に、全員が口を噤む。
「昔、四匹の鬼を従えた武将が朝廷に反旗を翻したという事件があってな。まぁその反乱事態は失敗したんだが、伝承によれば、その鬼の一族が後々に忍の一派になったという説がある。七つの姿を持ち、肛門からでも呼吸が出来るという丹波忍者もいるのだから、その一派が実在してもそう驚きもしないだろう? もし仮にその一派が学園を襲ったとしても、怪異そのものに対する対処法を知っていれば大事には至らない。そのときの要として動いてくれる者を育てるために作られたのが、お前達に今回割り当てられた役割だ。たいしたことがないように見えるが、実は大事な役割なんだぞ」
にやにやと笑う担任の表情に、全員が顔を見合わせる。その様子に多少緊張感を持ってくれただろうかと期待するものの、次の瞬間には十一の顔が全て緩むのを見、淡すぎる期待だったかと項垂れた。
じゃあこれまでの遊びも勉強の内だったんだとはしゃいだ大声に、がくりと肩を落とす。
「……お、お前らなぁ」
「だってそうじゃないっすか! 俺達、今までさんざっぱら色んな妖怪とかを相手にしてきましたし!」
「ある意味では幻術使いのじじむ斎だって、もう妖怪みたいなもんじゃないですか!」
「もうこれは、遊びながら勉強しろってことと一緒ですよ! なんて私達向きな!!」
きゃっきゃとはしゃぐ声に、この明るさと前向きさがあってこそこの役割を割り当てられたのかもしれないと思いつつ、それでも少しは緊張感を持って欲しいと思うのも否めない。どちらにしろさすがは自分の育ててきた教え子達だと苦笑し、大木はその場を立ち上がった。
その動きに騒いでいた室内が静まり返り、全員の目が向けられる。
「ま、私からの説明は以上だ。あと言っておくべきことは……そうだな。今までは不意に出くわすことが多かった妖魅達だが、こういった役割を持ったと自身が自覚しただけで近くが敏感になり、今まで気付かなかった者達にも気付くことになる。もしそれを見ても、慌てず騒がず、今までのように自分達で考えて行動することだ。まぁ、万一に備えて照魔鏡は作っておいたほうがいいかもしれんがな」
ひらりと手を振った大木に、全員の目が瞬く。退室していく背中を追い駆けそれはなんですかと問いを投げても、担任は笑ったままその場を後にした。
取り残された気分で、呆然と見送る。
「……ショーマキョーって、なんだろ」
ぽつりと落ちたしんべヱの言葉に、きり丸と乱太郎が首を傾ぐ。他の面々も思い思いに字面を想像したりと頭を捻らせるものの、所詮正解が出るはずもなく、やがてお手上げ状態だと呟いて肩を竦めた。
その意見を受け、仕方ないと庄左ヱ門が頭を掻く。
「とりあえず、図書室に行ってみよう。妖怪に関する文献があれば、少しはなにか分かるかもしれない」
溜息と共にそう漏らした級長の言葉に同意し、全員でぞろぞろと図書室への道を行く。とはいえ面倒なことになったものだと長く息を吐いた庄左ヱ門は、後ろに続きながらも楽しげに妖怪話に花を咲かせる旧友達を見遣り、まぁこれも仕方ないかと頬を掻きつつ、学園から遠い実家を想った。
−−−続.
|