場所はまた例の如く、庄左ヱ門達の部屋へと移っていた。
 それというのも団蔵と虎若の部屋の荒れ様では十一人が円満に座っていられる場所がないといったある意味情けない理由が根本にあったものの、それでもやはり一番の理由は、相談し慣れた部屋が一番落ち着くというより根幹的な理由に起因していた。
 ただその中で唯一問題になったのが、本題となるべきそれが、断固としてゴミ山から動こうとしなかったことだった。
 それならばと相談場所をこの部屋に決定しようとも足場さえない室内では無理が生じ、やはりといって移動しようとすれば話題の中心となるべきそれが動かない。最終的にそのしんべヱが眼前に座り込み、一体なにがそんなに不満なのだと理由を聞くに至った。
 曰く。
「そいつらの部屋からはゴミの臭いがしねぇ!」
 そうはっきりと断言され、妥協案として団蔵と虎若の部屋のゴミを多少、それこそこの得体の知れないものが文句を言わない程度に持ち込む羽目となった。
 無論のこと、移動し終えた後でも万事安泰に済んだとは言いようもない。
 全員が常のように車座になり、中央に築いたゴミ山の頂上にそれが多少不満げに座っている様子に、伊助はそれどころではなく憤然とした表情で眉間を寄せていた。
「この部屋にゴミを持ち込むなんて、屈辱以外のなにものでもないんだけど」
 苦々しく吐き捨てられた低い声音に、まぁまぁと庄左ヱ門が宥めにかかる。それも仕方のないこととして苦笑とともに眺めていた周囲の中で、いち早く乱太郎が一度咳払い、身を乗り出して口を開いた。
「で、あなたは……その。失礼な言い方になっちゃうんですけど、一体なんなんですか?」
 うまく言葉を選べず、結局率直な物言いになってしまったことに多少の後ろ暗さを感じた様子の乱太郎に、それは気にした様子もなく、ただただ面倒そうに頭を掻いた。
 掻いた先から、パラパラとなにかが零れ落ちる。それがフケであると見て取ると、数人が思わず引き攣った声を上げた。
 そんなことすら気にすることなく、それはようやくになって、あくまでも面倒そうに説明を始める。
「なんで今になって見つかっちまったのかは知れねぇが、まぁ見つかったものは仕方ねぇやな。そうやって殊勝に聞いてみちゃあいるが、お前さんらだってこっちが人間だなんてなぁ思ってもいねぇだろう? とは言っても人間なんぞと口を利くのはそうあるわけでなし、こちとらもなんて言やぁいいのか悩みどころじゃああるんだが……。まぁ、なんだ。有体に言えば俺ゃあこのゴミどもから生まれて支配する、此方と彼方の狭間に住んでるモンよ。人間には怪だのなんだのと無粋な呼ばれようをするようだがね。あー……そういやいつぞやに遭った人間にゃ、チリヅカカイオウだなんだのと名までつけられたような気もするな」
 誰かと視線を合わせるでもなく、だらだらと気だるげな様子には組の面々からは次第に呆れ返るような雰囲気が漂い始める。けれど一応は名前があるらしいと判明した直後、庄左ヱ門がついと立ち上がり、自身の卓上に置いていた先刻の巻物を持ち寄った。
 広げ、無言で読み解いていく。やがてその手が止まり、あったと小さな呟きが漏れると、周囲は急に色めき立った様子でその手元を覗き込もうと首を伸ばした。
 それを受け、巻物をばさりと広げる。
「塵塚怪王、ゴミに憑く付喪神達の王と書いてある。確かにさっき彼が言っていたゴミから生まれて支配するという言葉と一致するね」
「つまり、ゴミの王様?」
 気になる言葉をさらに要約し、誰かがぼそりと呟く。
「……お前ら、ついにそんなもんまで飼ってたのか……」
「長屋に湧くのはネズミと虫くらいだと思ってたけど、アレだね。もうそこまでいっちゃったらいっそ尊敬に値するよ。付喪神まで発現させちゃう若コンビ」
「言っちゃえば、それだけ長いこと伊助ちゃんに見つからずに放置されっぱなしのゴミがあるってことだよねぇ。凄いねぇ二人とも」
 若干引いた様子のきり丸に続き、嘲笑で意地悪く顔を歪めた兵太夫、続き、貶しているのか純粋に賞賛しているのか判別のつかない喜三太が団蔵と虎若の精神に重大なダメージを与えていく。投げられる言葉とともに無言のまま突き刺さる殺気混じりの視線に、二人は決して目を合わせないようにと努めて顔を背けていた。
 やがて、殺気を霧散させた伊助がにこやかに塵塚怪王へ口を開く。
「とりあえずお引取り頂けますか」
 あくまでもにっこりと朗らかな笑顔を浮かべての言葉に、団蔵達ばかりでなく普段から伊助の綺麗好きを知っている面々が一気に五寸ほど引き下がる。この顔はよほど苛立っているときのものだと互いに身を寄せ合い、かたかたと細かに身を震わせた。
 ただし当の塵塚怪王は、そういうわけにはいかんのだと一蹴する。
「勘違いしてもらっては困るぞ小僧。俺ゃあなにも好き好んでこんな場所にいるわけじゃあない。ゴミがゴミのままでいたいわけがあるか? そりゃあゴミの付喪神がなにを一丁前に高尚を垂れるつもりだと言われちまえばそれまでだがな、こちとらだって役目ってなぁモンがある。人間が作って捨てたモンに宿るモノが俺達だが、それはよ、いつだってどうにか元のように人の役に立ちたいと思っとるんだ。俺の王としての役割はだ、小僧。そういうゴミ達の無念が詰まりに詰まった箱……ほとんどが唐櫃だが、それを見つけ出して無念を解放してやることよ。人間にだってちったぁ分かるだろう。無念だけ抱えて生きるってのはな、もう虚しい虚しくないって話じゃねぇんだ。俺はそいつを解放して、他の綺麗なモンに新しく憑ける状態にしてやることが生業よ。お前さん、見たところ随分と綺麗好きなようだが、俺がゴミを統べる王だっていう糞みてぇな理由で、発現したこっちの都合もなにも聞かずに出て行けってのは……なぁ。あんまりだとは思わねぇかい」
 理路整然と反論を受け、伊助の目が丸く見開く。形は小さくとも確固とした意思を持って語られる言葉に圧倒され、思わず青褪めた。
 人間と変わらぬ慈悲のある言葉に、勝手を言ってしまったという自責の念が言葉を詰まらせる。
 その伊助に助け舟を出すべく、庄左ヱ門が話し相手を買って出た。
「つまりその仕事をこなさない限りこの長屋……いえ、あの部屋からは基本的に動くことが出来ないということでいいんでしょうか。そのゴミ達の無念が詰まった箱が、あの部屋のどこかにあると」
 言葉に、塵塚怪王が困った表情で腕を組んだ。
「まぁ、一応はな。ただ妙なのは、ここ四日ほどこいつらの部屋を探し続けてるってのに一向に見つかる気配もねぇってこった。俺はごみに呼ばれて来るもんだからな、見当違いなんてこたぁまずないと思うんだが……」
 度し難そうに眉間を寄せて腕を組んだ怪異に、同じく庄左ヱ門も同じ姿で思慮に沈む。それをどこか心配そうに見つめているは組の中で、唯一しんべヱだけが遠慮げに乱太郎の袖を引いた。
「ねぇ、乱太郎」
 小さな声に、乱太郎ときり丸が向き直る。ただし声には出さず用向きを問う視線に、えぇとともどかしげに口を動かした。
「昔あったよね、唐櫃に入ってた付喪神が古いお屋敷の中でウロウロしてたの。……ホラ、クモの巣の森で。この人が言ってるの、そういう感じの箱なのかな」
 そこまで口にされた時点で、二人もあぁと手を打つ。
「あれか、教室に巣を張ってるクモが俺達を助けてくれたやつ。そういやあの時に見た付喪神も、朝に見たら唐櫃に納まってたんだよな」
「きりちゃんがお宝に目が眩んで森に入ったおかげで、えらい目に遭った時だよね。しんべヱ、良く覚えてたね」
 褒め言葉に、照れ臭そうに頭を掻く。
「今まであった中でも五本の指に入るくらい怖かったからねー。でももしあれと似たような感じなら、団蔵と虎若にガラクタを溜めた箱がないかどうか聞いてみたら手っ取り早いんじゃないかなぁ」
「っ、そうか!」
「しんべヱ、今日は冴えてる! ねぇ、みんなちょっと聞いてー!」
 手っ取り早い解決案に、きり丸と乱太郎が声を上げてしんべヱの背を叩く。一角の騒ぎに既に何事かと意識を向けている面々をさらに注目させようと、乱太郎は大仰に手を打ち鳴らした。
「あのね、みんなにも一度か二度は話したかな。私達がクモの巣の森に入ったときの話なんだけどね。私達、唐櫃に納められてるガラクタの付喪神を見たことがあるんだ。だから少しはどういったものなのか分かるんだけどさ」
「別に櫃じゃなくてもただの葛篭でも、それこそちっせぇ木箱でもいいと思うんだ。で、その中に入ってるのがゴミじゃなくても構わねぇ。物なんて使わないで置いといたら勝手に壊れちまうときもあるからよ」
「だからね、団蔵と虎若が大事にしまったものかもしれないんだよ。けどそれ自体を忘れてて、そういえば見てないなぁって物とかない?」
 捲くし立てるように早口で話す三人の言葉に、それでもなんとか理解に至って団蔵と虎若が首を傾ぐ。互いに顔を見合わせながら記憶を手繰る二人の様子に、やがて庄左ヱ門が口を挟んだ。
「四日ほど前に、なにかした記憶とかはないか? 例えば……そうだな。部屋の中からなにかを持ち出したとか、誰かに貸したとか」
 一つの案として可能性を提示した言葉に、それまで頭を捻り続けていた二人の表情が目に見えて固まる。その変化に思い至ることがあったと見止め、乱太郎が前に乗り出した。
「なに、なにをしたの」
 問い詰める声に、戸惑い気味に目が泳ぐ。それをじれったそうに苛立ち混じりに見遣り、今度は兵太夫ときり丸がほぼ同時に立ち上がり、惑う二人のその肩に手を置いた。
「面倒起こしちゃったーってな顔してんなぁ、お二人さんよ。分かってんなら早いとこ口割ってくんねーかなぁ? そろそろ飯の時間も迫ってんのは分かってんだろぉ?」
「二人ともビクビクしなくても心配いらないって。例えお前らが物っ凄い面倒なこと仕出かしてようが、僕ときり丸で一発ずつ小突くくらいにしてやるからさぁ。……分かったらとっとと言えよ。みんな風呂も入らずに話の区切りを待ってるんだぞ」
 両側から挟み込むように掛けられる圧力と上から見下してくる視線に、さらに肩身を狭めた二人が泣き出しそうな目で周囲に助けを求める。それを乱太郎は苦々しく、そして庄左ヱ門は朗らかに受け止め、揃って表情の違う笑顔で仔細を促した。
 諦めの息を吐き、まずは団蔵が口を開く。
「……うん、思い当たる節はあるよ。俺達、今回の夏休みが終わる直前に一度学園に来てるんだ。俺の場合は伊賀崎生物委員長から頼まれてた馬の飼葉を先に搬入しておくため。虎若の場合は、練習用に使う生捕火を大量に作ったから用具主任の吉野先生に寄付しに来たんだっけ? まぁ、そんなんでさ。あんまりゆっくりする時間もなかったんだけど、疲れたら一旦長屋に帰ってきちゃうのはもう癖付いててなぁ」
「うん。で、久し振りに見た部屋がやっぱり……その。片付けきらずに帰省したもんだから、狭くってさー。改めて見るとさすがに自室ながらヒいちゃって。で、とりあえず使わないものを減らそうってんでちょっとだけ片付けたんだよ。その中でも押入れの葛篭に保管してた不要品をきり丸にやって、学費の足しにでもしてもらおうと思ったんだよな。……まぁ、それが五日前」
 降参とばかりに両手を挙げて言葉を紡いだ二人の言葉に、まずは全員頷きながら静かに聞き入る。しかし途中に入った自身の名と、明確に利益を生ずる話の流れにきり丸の目が光った。
「五日前? おい、お前らその日はうちになんて来なかったじゃねぇかよ」
 眉間を寄せたきり丸の言葉に乱太郎が瞬き、団蔵と虎若の目が再び当て所なく宙を漂う。それを目敏く見咎め、庄左ヱ門が短く溜め息を吐いた。
「つまりその荷物は二人の部屋にあったけれど、きり丸に譲って売らせてやるつもりだったと。でもさっききり丸が証言したとおり、その荷物は届いていない。……なら、それは今どこにある?」
 伏せた視線と垂れ込める声音で紡がれた言葉に、ついに観念した様子で二人の肩が下がる。どちらが言い出すのか相談することも目を見交わすこともなく団蔵が肩で息を吐き、申し訳ないと頭を下げた。
「ごめん! ……俺の能高速号の背中に積んで、きり丸のところに向かう所だったのは間違いないんだ。だけど途中で近道しようとして、成金土地田ヱ門のとこの空き地の傍を通っちゃったんだよ。あそこは普段は別になんてことない道だし、区切りの縄を越えなきゃ警戒することもない。……なんだけどさぁ」
「運悪く、大きな石に能高速号が躓いちまってな。危うくあの縄を超えて倒れ込みそうになったわけ。それで俺が慌てて、せめて均衡が取れればと思って脇に括りつけてた荷物の縄を切ったんだ。おかげで能高速号は倒れずなんとか踏み止まったけど、葛篭は当たり前のようにあの土地へ。……後はもう、俺達が説明しなくても分かるよな」
 情けなく眉を八の字に下げ、再度二人で申し訳ないと頭を下げる。半数は唖然と口を開き、そして残りは諦めたように天井を仰ぐ中、きり丸だけが見開いた目でわなわなと肩を震わせた。
「つまり俺にくれるはずだったものが、成金土地田ヱ門のモンになっちまったってことか!? そういうことか!?」
「きり丸、落ち着いて落ち着いて」
「なにも二人だってわざとじゃなかったんだし、仕方ないよー」
 叫ぶきり丸を宥めようと咄嗟に慰めに掛かった乱太郎としんべヱの言葉も甲斐なく、耐え難いらしい悲痛な声は続く。それが響くたびにさらに申し訳なさそうに身を縮める団蔵と虎若を尻目に、庄左ヱ門はついと塵塚怪王を見返った。
「どうやらあなたがお探しの物は別の場所にあるようなんですが……この場合はどうなさるんですか?」
 あくまでも冷静な声に、恨み言を叫んでいたきり丸を含めて室内がぴたりと静寂を取り戻す。その中でゴミ山に座り、大人しく話に耳を傾けていた塵の王は庄左ヱ門を視線だけで見上げた。
「その成金土地田ヱ門って奴はアレかぃ。お前さんらの話を聞く限り、一旦手に入ったモンは梃子でも放さねぇ類の奴か」
「そうです」
 返答に、忌々しげに舌を打つ。
「そいつはいかん。……そういった強欲の念ってやつぁな、怪までもその地に縫い止めちまう。そこの小僧らが誤ってそこに放り込んじまったってこたぁ分かるが、いかんせん相手が悪い。だが、その中の塵どもは開放を望んでることは間違いねぇ。そうなると仕事をせんわけにゃあいかんわけだが、俺まで取り込まれかねんのが問題だ。……さて、弱ったな」
 小さな顔に険しい皺を刻んで苦悩を始めた塵塚怪王に、は組の面々がちらりと目を見交わす。矢羽音を交わすまでも、まして言葉に出すまでもなく互いが考えていることを察し、やがて乱太郎がくしゃりと笑んだ。
「じゃあ、それがこの場に戻れば一番話は早いんですよね?」
 事も無げな言葉に、怪の目が度し難そうに瞬く。それはそうだがと口篭るそれを聞き、じゃあ決まりだと庄左ヱ門が手を打った。
「葛篭ごと荷物を取り返す。まぁ相手が成金土地田ヱ門だから一筋縄ではいかないだろうけど、そこはなんとかなるだろう。それをここに持ち帰って、中の無念を塵塚怪王に開放してもらう。そのとき、団蔵と虎若はちゃんと中の物に謝罪しなきゃいけないよね。で、それが終わったら荷物はきり丸へ。売ると言ってるからには使いたい人の手に渡るわけだから、しばらくはそんな無念に取り憑かれる心配もないだろう。そうなればこの人もここに留まる理由がなくなる。……みんな、それでいいね?」
 つらつらと並べ立てられた今後の流れに、は組全員から了承の声が上がる。その声の大きさと決断力の早さに塵塚怪王は呆気に取られたように瞬き、着々と進められていく作戦会議を見遣った。
 その会議の進む、庄左ヱ門達の部屋の木戸の向こう。
 夕暮れの赤に染まる廊下に音もなく立ち、耳をそばだてていた黒の装束はまったくと小さな息を漏らした。
「自覚した途端に接触が増えるとは言ったものの、まさかこんなに早く接触するとはなぁ。つくづく怪異を手繰り寄せる生徒達だ。……が、まぁさして恐ろしい面倒でもない。ここは就任最初の忍務ということで、まずは口を出さずに見守るとするか」
 楽しげに笑い、背後から聞こえる会議の声に耳を澄ませる。しかし傾く陽の影がそろそろ夕食の鐘が鳴るのを知らせると、先回りして人数分の注文を済ませておいてやろうと、大木は唇の端を吊り上げたままその場を後にした。



−−−続.